悪魔崇拝から来た原典ホ・オポノポノ インナーチャイルドという霊。
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※かなりの長文です。時間に余裕のない方はご注意ください。
今回はネイティブハワイアンの伝統的な問題解決法といわれる、ホ・オポノポノについて調べました。
このホ・オポノポノという問題解決法は、原典である上級ホ・オポノポノと、現在人気のいわば簡略化したバージョンであるホ・オポノポノとがあるそうです。
出来事や感情はすべてウニヒピリという潜在意識の記憶が原因で、そのウニヒピリの記憶をクリーニングする事が人生の目的だそうですが、世の人たちはこのような生き方を生涯出来るでしょうか。私は不可能です。私がキリスト信者だからという理由もありますが、その他の様々な理由などについても書こうと思います。色々と調べたら長文になりました。
ウニヒピリ ホ・オポノポノで出会った「ほんとうの自分」
内容
ネイティブハワイアンの伝統的な問題解決法「ホ・オポノポノ」。
これを、ハワイ伝統医療のスペシャリストであり「ハワイの人間州宝」の故モーナ女史が、現代社会で活用できるようアレンジしたのが「セルフアイデンティティ スルー ホ・オポノポノ(SITH)」です。
そんなホ・オポノポノのなかでも、最も大切な「ウニヒピリ」(潜在意識)について、初めてきちんとまとめられたのが本書。
ホ・オポノポノを正しく実践するためにも、必ず知っておきたい究極の真理です。
クリーニングを通して自分のウニヒピリと出会い、そしてケアしていくことで、ホ・オポノポノの目的のひとつでもある本来の自分すなわち「セルフ・アイデンティティー」と出会うことができるはず。
あなたが今までその存在すら気づかなかった「ウニヒピリ」、その子は今でもあなたからのケアを必ず待っています。
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「ウニヒピリのケアをすることは、自分をほんとうの意味で解放し、全宇宙が真の自由を得るために欠かせないプロセスです。
ウニヒピリがクリーニングに参加しなければ、記憶は再生されつづけるばかりで、過去の問題や傷を繰り返し人生のなかで体験する状態から、決して自由になることはありません」(ヒューレン博士「あとがき」より)
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ホ・オポノポノがいちばん大切にしている真理を初めて解き明かした「ウニヒピリ」の指南書!
(転載ここまで)
脅しですか。
ウニヒピリのクリーニングなしには人生は傷や問題の繰り返しで、決して自由になれないのだそうです。他に救われる方法は存在しないのでしょうか。
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著者
イハレアカラ・ヒューレン (本名スタン・ヒューレン)
発展的な精神医学の研究家であり、トレーナー。触法精神障害者および発達障害者とその家族とのワークでも知られる。国連、ユネスコをはじめ、世界平和協議会、ハワイ教育者協会などさまざまな学会グループと共に何年にもわたりホ・オポノポノを講演し、普及活動を行っている。(Amazon.co.jpより転載)
カマイリ・ラファエロヴィッチ(KR)女史 Kamaile Rafelovich. MBA, R, MAT - 通称 KR女史
「セルフ・アイデンティティー・スルー・ホ・オポノポノ(SITH)」創始者、故モーナ女史の一番弟子であり、十九歳の頃から現在まで、およそ四十年間にわたってホ・オポノポノを実践し続けている人です。現存する「SITHトレーナー」のなかでは、一番長くクリーニングをし、モーナ女史から直接指導を受けた数少ないトレーナーの一人です。モーナ女史よりボディーワーカーとしての役割を唯一引き継ぎ、現在、クライアントとして数多くの著名人が訪れています。また、ハワイでは不動産業を営み、経営者やコンサルタントとしての一面も持っています。
MBA経済学マスター
R不動産
MAT マッサージセラピストライセンス
(こちらより転載)
モーナ・ナラマク・シメオナ 州宝 Sith- Hooponopono 創始者(1913-1992)
ネイティブハワイアンの伝統的高度医療専門家カフーナ・ラパアウとして、ホ・オポノポノの伝統を発展させたトレーニング法を編み出す。最初の指導教育者として、医療施設や大学機関を含めた世界中でこのトレーニングの講演、指導にあたり、中でも国連に招聘されて行ったトレーニングは3回。1983年には、本願寺ホノルル別院とハワイ州議会により、その業績が讃えられ「人間州宝」を授与。
(転載ここまで)
ラパアウ:薬草治療の専門家
シメオナによるホ・オポノポノは、転生が前提とされており、「過去の転生での不愉快で悪い経験を解放し、トラウマを解決して記憶から取り除くこと」、精神をカルマの呪縛から解放することを目指す。この実践法は、完全な自己責任の立場に立ち、問題は自分自身の悪いカルマの影響としてのみ捉えられている。カルマの呪縛が意識の高次への進化を妨げるので、カルマの浄化が意識の進化に必須であるとされる 。こうした考えは伝統的なホ・オポノポノとは異なる。シメオナはカルマ浄化のための14のステップを提唱している 。なお、このプロセスに特定のマントラを唱えることは含まれていない。
エドガー・ケイシー(Edgar Cayce, 1877年3月18日 – 1945年1月3日)は、予言者、心霊診断家。
妻はガートルード・エヴァンズ。子供はヒュー・リン、ミルトン・ポーター、エドガー・エバンス。孫はチャールズ・トマス・ケイシー。彼の思想は神智学協会に始まる近代の神智学の影響が濃い。ニューエイジの思想に大きな影響を与えた。
オカルト神智学と輪廻転生ですか。
輪廻転生は存在していないと思いますが。
スピリチュアル系は皆輪廻転生を語ります。
RAPT | 「前世」はない。「輪廻転生」もない。その確固たる証拠。http://rapt-neo.com/?p=26215
ホ・オポノポノによると、わたしたちの人生で何かが起きるのは、自分の外側に原因があるからではなく、ウニヒピリの記憶が再生されているからだそうです。
(『ウニヒピリ ホ・オポノポノで出会った「ほんとうの自分」』より引用)
ほんとうの助けとは何ですか?
心の救いとは何ですか?
それを与える事ができるのはカウンセラーでしょうか?
それとも親友、夫、子供、両親でしょうか?
そうであるかもしれないし、ときにはそうでないかもしれません。
ただ一つわたしが知っている最愛のカウンセラー、それは言うまでもありません、「ウニヒピリ」です。
なぜって?例えば、わたしたちが、何か問題を抱え、ウニヒピリのもとに駆け込んでいくとします。もちろんその問題そのものを見せてくれたのもウニヒピリ自身ですが、なにもわたしたちに嫌がらせをするために見せているのではなく、今消去しないと、またいずれ何か違った形で(もしかしたらもっと深刻な形として)現れる前に消去できるようにしてくれているのです。
ウニヒピリはほかのどんなすぐれたものよりも、あなたの歴史を知っています。
しかもはるか昔の情報までもウニヒピリは克明に記憶しています。
ウニヒピリは今この瞬間でさえ、あなたの本来の目的でもあるゼロになることのために、そしてインスピレーションから生きていくために、あなたとともにクリーニングできるよう、記憶を再生しています。
あなたは、ほんとうは誰の助けを借りなくても、ウニヒピリに感謝し、敬愛し、行動を示すことで、変化を生み出すことができます。続けていくことで願いを届けることができるのです。
クリーニングは、100パーセント、自分に責任があると認めることから始まります。
自分の目の前で人が転んだとします。そのとき、このことの責任は100パーセント自分にあると認めます。
一体、自分のなかのどの記憶が、この人を転ばせたのでしょう。
その記憶ははるか昔、あなたが人間以外の何かであったときのかもしれませんし、この場所で、かつて人に殴られたことがあるのかもしれません。
原因はあなたにはわかりませんし、解明する必要もありません。
でも、そこには必ずなにかがあって、今ウニヒピリがそのときの記憶を再生し、あなたの前で人が転んだという体験を通して消去してもらおうとしています。
あなたにできることは何でしょうか?
もうおわかりおわかりですね。クリーニングです!
あなたが知性的にも感情的にも肉体的にも体験することはすべて、ウニヒピリによる記憶の再生なのです。ですから、あなたはそれをクリーニングすればいいのです。
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誰ですか。ウニヒピリ。まるで自分がないかのようです。
どうして他人が転んだことが自分の責任なのでしょうか・・・・・・。
引き続きヒューレン博士
皆さんに知っておいてほしい大切なことがあります。
ウニヒピリ(潜在意識)は、私たちがこれまでに経験してきたあらゆることに関する情報をもっています。情報、それはすなわち記憶です。あなた自身が体験した数十年という間の記憶だけではありません。「宇宙の誕生から現在まで、すべての生命体、すべての鉱物などが体験した記憶」をもっているのです。
あなたの身のまわりで起きること(問題も含めて)は、すべてこのウニヒピリがもつ記憶が原因で起きています。ホ・オポノポノでは、その問題の原因となっている記憶を消去すれば問題を解決できると考えています。
また、この記憶は、誰のウニヒピリにも共通している記憶ですから、もし、目の前の人に起きている問題であっても、あなたがあなたのウニヒピリと交流し、記憶を消去することで、他人の問題も解決できるというユニークな点をもっています。
記憶の多くは、ほかと共有しあっているものでうすから、あなたのウニヒピリのなかの情報をクリーニングすることによって、他人の記憶も同時に消去できると考えます。
例えば、あなたが今、誰かに対して恨みをもっているとします。
あなたはそこで恨みという感情を経験しています。
それはウニヒピリは保管しているメモリーバンクのなかにある、「過去に何かを恨んだ体験」という記憶が再生されたからなのです。
ですから、あなた自身そのものが何かを恨んでいるわけではありません。ウニヒピリが経験したことをあなたが感じただけなのです。
ウニヒピリそのものが怒り、恨んでいるわけでもありません。ウニヒピリのなかで怒り、恨みの記憶が再生された結果、あなたが怒りや恨みを体験しているだけです。
これが、いつもあなたが恨んでいると感じる理由です。
恨み以外にも、怒り、悲しみ、孤独、あきらめ、喜び、楽しさなど、あらゆる感情を抱く理由はウニヒピリのなかでそれらの記憶が再生されているからなのです。
(中略)
わたしたち人間が問題と感じるものは ”すべて” ウニヒピリが再生する記憶にすぎません。これは皆さんに理解してほしい重要なポイントです。
(中略)
問題が起きている時は、メモリーバンクのなかにあった記憶が再生されている状態なのですが、同時にそれはウニヒピリのなか、つまり自分のなかで起きていることでもあります。
そしてあなたが自分からウニヒピリに働きかけて、(クリーニングして)記憶を消去してもらわないかぎり、問題はいつまでも再生されつづけます。
ウニヒピリはというと、あふれそうなほどの記憶が常にパンパンに詰め込まれ、まったく身動きが取れない状態です。
あなたが意識していようといまいと、あなた自身のなかにウニヒピリはいます。そしてあなたの一部であるまさに ”自分” が今そのような状態にあるというのが事実なのです。
潜在意識とは何なのか?https://psychology-japan.com/what-is-subconscious.html
無意識 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E6%84%8F%E8%AD%98
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何ですか、それは。
知りませんよ、そんなもの。私の感情は私のものです。
まるでその正体不明の霊の記憶のために人生が支配されているようですけど。
出来事に原因というものはなく、単にウニヒピリの記憶の再生であって、いつ誰に何が起きようとどうしようもないのでしょうか。
なぜ自分はこんな目に遭うのかと聞かれたら、「それは前世のせい」という事でしょうか。
誰一人として生まれ変わりなど経験していないと思いますけど。物に意識があるとも思えません。
自分の記憶を消去して、他人の記憶も消去できるという話もよくわかりません。
そのウニヒピリに対して、一日中愛情深くかかわることが大切だそうです。
ヒューレン博士
セルフ・アイデンティティ・スルー・ホ・オポノポノ」が大切にしているのは、ウニヒピリと辛抱強く、愛情深くかかわることです。関わり続けることです。
ウニヒピリに対して、
「今ここで体験したり感じていることは、問題や苦悩なんかじゃない。ただ、あなたが保管してきて記憶が再生されているだけだよ。そしてその記憶は手放せるんだよ」
と話しかけてみて下さい。焦らなくてもいいのです。あなたは今日クリーニングを始め。そしてそれを選択するかぎり、ずっと続けていくことができるのです。
時間をたっぷりかけて、ウニヒピリとともに最初から学んでいきましょう。
(転載ここまで)
自分の感情や体験とは何ですか。
生涯そのような、自分と感情が分裂したような生き方をしなければいけないのでしょうか。どこの霊だか本当だかわからない存在のために。
そのウニヒピリをかわいがらない限り、誰も皆、「決して問題や苦悩から解放されることはなく、同じところをぐるぐると回っている」しかないのでしょうか。
そのクリーニングの方法というのが以下の通り。
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クリーニングツール
KR女史
ホ・オポノポノには、ウニヒピリとコミュニケーションをとるための、たくさんのツールがあります。
(中略)
まず、ホ・オポノポノでは、次の「四つの言葉」をとても大切にしています。
「ありがとう」(Thank you)
「ごめんなさい」(I’m sorry)
「ゆるしてください」(Please forgive me)
「愛しています」(I love you)
ホ・オポノポノのクリーニングツールの一つである ”四つの言葉” をただ言うことで次へのプロセスが起こります。
(「愛しています」という言葉には、ほかの三つの言葉も含まれているので、あなたが「愛しています(4つの言葉を総括する)」と言うだけでいいのです。
- 言葉は意識を超えてあなたのなかに響き渡ります。
- 言葉が起動装置となってウニヒピリに届くと、今この瞬間、ディヴィニティ(神聖なる存在)によるクリーニングの必要な記憶が自分の‟記憶庫”のなかから佐橋出されて寄せ集められ。ウハネ(表面意識)であるあなたの前に差し出されます。
- あなたとウニヒピリが二人で一つとなって、記憶の集合体をアウマクア(超意識)に届けます。
- アウマクア(超意識)は、それをディヴィニティ(神聖なる存在)に届ける前に、さらに純粋に磨きをかけ、何度でも何度でも清めます。(この時点であなた、ウニヒピリ、アウマクアは三人で一つとなっています)。
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だそうです。全ては記憶らしいので、「ウニヒピリが記憶を見せてくれ」たら、その都度以上の四つの言葉を唱えるとクリーニングになるそうです。
アウマクアとかディヴィニティとか、何者でしょうか。どうもハワイの宗教から来ているようですが。
クリーニングをするために、ブルーソーラーウォーターなるものや、特定の食品なども有効だそうです・・・
(こちらより転載)
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ブルーソーラーウォーター
- フタがついた青いガラス製の容器を用意してください。(金属製のフタ以外)
- 水道水を容器に入れ、日光の下か白熱灯の下に1時間以上置いておきます。
- この手順でできたお水がブルーソーラーウォーターです。
出来上がったブルーソーラーウォーターはインスピレーションにしたがって色々な使い方ができます。お水としてはもちろん、お茶や、スープとして飲んだり、料理に使ったり、お風呂に混ぜたり、かけ湯として使ってもよいでしょう。フルーツや野菜たちもブルーソーラーウォーターで洗うと喜びます!「愛しています」「ありがとう」のプロセスと一緒に、ブルーソーラーウォーターは潜在意識(ウニヒピリ)の中で再生される記憶を無(ゼロ)にします。
さあ、飲んで流し去ってしまいましょう!
いちごとブルーベリー
これらのフルーツは記憶を無(ゼロ)にしてくれます。
生でもドライフルーツでも、ジャムやゼリー、アイスクリームにかけるシロップでも構いません!
(転載ここまで)
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その他にも沢山クリーニングに有効な言葉や食品などが存在するようですが、省略します。
皆、普段から利用しているようなものばかりの気がします。
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記憶がゼロになったとどうやってわかるのかも、さっぱりわかりませんけど・・・・・・。
このSITHホ・オポノポノは、作家のよしもとばなな氏も実践しているそうです。
(『ウニヒピリ ホ・オポノポノで出会った「ほんとうの自分」』より引用)
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ヒューレン博士
素晴らしい作家であり、わたしの友人でもある、よしもとばななさんが、ウニヒピリとともに働くというホ・オポノポノのプロセスに共感したと伝えてくれました。彼女は子供のころから誰に教わったわけでもなく、どこかに出かける前にはいつもウニヒピリに、
「あなたのためにバックを用意したわ。必要なものを取り出せるようにそのなかにいろいろと入れておくわね」
と話しかけであげていたそうです。
(中略)
ばななさんが私にお話してくれた体験の一つに、彼女は子供時代から人間ではないいろいろなもの、例えばお部屋や植物ともお話をしていたということがあります。まずいつもお部屋に感謝していたと話してくれました。家具の何かが壊されてしまったとき、その痛みを感じる事が多々あったそうです。
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(引用ここまで)
以下はよしもとばなな氏がウニヒピリについて語った文章。
(こちらより転載)
ゆずれないもの
自分が清らかだったという自慢話では決してなく、私は小さい頃、ほんとうにものや植物とお話していた。
花瓶が割れてもかわいそうだと泣き、動物が死んだりしたらおいのりしたり、嘆き悲しみ、もうたいへんだった。
いらいらした人がいる部屋に入ると頭痛がしたし、病院に行くといろいろ感じてしまいそれだけで一日寝込んだ。
悪意にも敏感でびくびくしていたし、旅行に行ったら帰るときには「ありがとう、お部屋よ」と言って出た。
自分の中の小さな友達がいて、その友達が喜ぶものを集めて袋に入れ、いつでも持って歩いていた。
実は今もほとんど内実はかわっていないのだか、小さい頃はいっそうむき出しだった。
そんな私がどんな目にあって生き抜いてきたか、想像がつくであろう。
人々はみな私を狂っているとか神経質だとか、もう少ししっかりしなさいだとか大丈夫になりなさいだとか、うっとうしいだとか、面倒くさいだとか、繊細すぎると言った。
私はいったんそれを本気で真に受けてみた。
現実社会の一員として、ものすごく現実的になってみたのだ。
そうしたら、いいこともたくさんあった。
たとえば、愛する動物が死のうとしているときに、しっかりと地に足をつけて体をつかって看病できるようになった。
いろいろな人に会ったり、いろいろなところに行ったりするのがこわくなくなった。
あらゆる人の意見を理解し、合わせることもできるようになった。
その段階で、私は自分の中の小さな人の叫びから少しだけ逃げた。
その瞳は透明すぎるし、生きていくのには必要がない、なんといってもその面を大事にすると、男の人からは追いかけられ、女からはねたまれ、苦しいことが多すぎて、ろくなことがない。
図太い方が生きやすい、どんどん奥に押し込めておこう、自分の中にその人がいることを知っているんだから、大丈夫だとたかをくくった。
でもその小さな人はどこまでも叫び続けた。
小さい声で、でも決して消えないはっきりした調子で。その人はまだ植物や動物と話ができるし、部屋や石の声も聞けた。
清められた空間とそうでない空間の違いを、掃除の有無だけでなくわかることができた。
ただ人間だけがこわい、そう言っていた。
もういいよ、人のことなんてどうでも、そういうふうに私は切り捨てようとした。
でも小さな人はうなずかなかった。
苦しむことも、とことんやったほうがいいと言うのだった。
そしてあるときその人は突然、美しい反逆をはじめたのだった。
私がごまかしたり楽になろうとしたり人に好かれようとしてついた小さな嘘はみんな明るみに出て、おそろしい勢いで浄化が始まった。後は小さい人の声と共に生きるしかない、でも私にはまだ自信がなかった。
あるところから、私は人に合わせることがどうしてもできなくなった。
これまでは
「わかるわかる、その考え方わかるところがある」
と言えていたのに
「私はあなたがとても好き、でもここは違う。私は、こう感じる」としか言えなくなった。
そうしたら、驚くほどたくさんの人が離れていって、お互いが傷ついた。
そんなでは意味がないではないかとさえ思った。
それでも私は、小さい人の声を消せなかった。
そして次に起きたことは、ほんとうにわかってくれる人が、ひとりまたひとりとおずおず近づいてきてくれたのだった。
それでも恐ろしい痛みをむき出しのままくぐって、私は弱っていた。
その過程で投げつけられたさまざまなののしりで、体が痛いほどだった。
そして少し自信を失っていた。
わかってはいるけれど、失ってしまったのだ。
そのリハビリの過程で、私はホ・オポノポノに出会った。
イハレアカラ・ヒューレン博士のインタビューを読んだのだ。
その辛辣さが真実の愛であることが、似たものを持つ私にはすぐわかった。
私が恥ずかしおもっていたこと、生きていくのに弱すぎると思っていた全てのこと、小さい人を大事にすること、その全てがそこでは光に包まれていた。
これまで誰に言っても
大げさな
空想だ
それでは生きていけない
と言われたことの全てが、そこで肯定された
わたしから自信を奪ったのは他人ではなく自分である、という責任の重さをほんとうの意味で理解した。
おそろしい他人を想定して自分を正当化するのをきっぱりとやめた。
今日も明日も、たぶん私は静かにクリーニングをつづけている。
そして、私は気づきはじめている。
これはとてもたいへんなことだか、実は私はずっとひとりぼっちでこれをやってきたのだ。
永遠に続く孤独な徒労だと思ってやってきたことが、光の道、意図のある自信の道に変わったのは、ヒューレン博士の姿を見て、その黒く輝く瞳をのぞきこんで、自分と彼が、そして全ての人が属するほんとうに美しい無限を見たからだと確信している。
これまで書いたことは、特殊な私のケースだから参考になるかどうかわからないが、人の目を気にしては自信の光を自ら消していってしまう日本人にとって、ホ・オポノポノはかなり有効ではないだろうか。
(転載ここまで)
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そうですか?多くの日本人が試すでしょうか・・・
それはどこの霊だろう・・・・。「人間だけがこわい」という霊が人間を創った神様から来ていると思えません。
クリーニングを続けていくと、植物や建物、赤ん坊や、文房具、会社、動物、飛行機などの乗り物など、自分以外のものの声が聞こえたり、コミュニケーションがとれたりするようになるそうです。
他にも、ウニヒピリとコミュニケーションがとれていると、時間やプロジェクト、名前などもコミュニケーションが取れるそうです。私は遠慮します。何でもかんでも傷ついた幼子のように話しかけられたらたまらない。独りにしてくれ。
ホ・オポノポノの講演会でヒューレン博士は、自分や会場や担当者、照明器具、携わるスタッフなど、できるかぎりをクリーニングしているのだそうです。
私は物に意識があるとは思えません。どこにでも霊が入り込むという事なのかと想像するのですが、違うのでしょうか。
(『ウニヒピリ ホ・オポノポノで出会った「ほんとうの自分」』より引用)
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KR女史
しかし実際のところ、あなたのウニヒピリは本当にいろいろな理由から、あなたとそのことについてお話をしたり、クリーニングしたいと思っていないかもしれません。
表面意識であるあなたは、そうとう長いあいだウニヒピリを支配してきました。
あなたは「わたしには何が起きているかわかっている」と思い込み、あなた自身のその思い込みで勝手に自分を非難します。自分はなんてバカなんだ、どうしようもない、ああだこうだ・・・・・・とせわしなく責め立てます。この全てがウニヒピリを痛めつけているのです、あなたは、まるであなただけのこととして自虐的に思いをめぐらせる傾向がありますが、その結果全ての負担はウニヒピリが背負っています。
このような状態では、あなたとウニヒピリの関係はアンバランスなため、ウニヒピリはあなたと関わろうとしないでしょう。
そうなると、あなたは行き止まりにぶち当たります。今度は他人や他の知識に助けを求めようとしますが、あなたにできることは自分で何かを判断して決めることではなく、クリーニングを始めることです。はじめは光が入らなくても、ウニヒピリのケアを続けてクリーニングをすることがもっともスマートなあり方です。
(転載ここまで)
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私は自分で判断して、その他人や他の知識に助けられましたけど。
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ヒューレン博士
あなたが問題に直面した時、何もかもがうまくいかないとき、あなたのなかで何が起きているかご存知ですか?
ウニヒピリが愛されていない、放置され、無視され、都合よく操られ、存在を認められていない、そのように感じているとき、あなた自身がトラブルに巻き込まれます。
ウニヒピリの協力なしには、アウマクア(超意識)やディヴィニティ(神聖なる存在)からのインスピレーションを受け取ることは出来ません。つまり、わたしたちの本来の目的、ほんとうの自分として生きることはできないという事です。
(中略)
インスピレーションは、過去の記憶や今までの記憶に縛られない、あなたにとって完璧なタイミングで現れる「神聖なるお知らせ」です。
インスピレーションを受け取るには、まずウニヒピリの存在を認め、ウニヒピリ自身があなたからほんとうに長いあいだ無視され、虐待されたと感じているという事を認めましょう。
あなたに出来ることは、絶えずウニヒピリとの交流を通してお詫びをする事です。
あなたがウニヒピリを常に無視してきたこと。少しも心をかけず大切にしてこなかったこと、ウニヒピリのいうことに耳をかざず勝手に自分(意思)だけで物事を進めてきた事を、心から「ごめんなさい」と謝るのです。
そして自分は、今そのことにたいして、大切なウニヒピリのために埋め合わせとしたいと思っていることを伝えます。
ウニヒピリはあなたを「ゼロ(無)」に導いてくれる大切なあなたの一部です。インスピレーションを与えてくれる神聖なる存在とあなたをつなげてくれる愛すべき存在です。そんなウニヒピリを無視し、虐待してきたのはほかではないあなたです。
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誰も知りませんよ。そんな存在。ひとの人生の何をご存知なのでしょうか。
人間はそんな存在の再生装置として生まれて生きるわけではないし、人生がうまくいかない原因がそんな身に覚えのない存在にあるのではありません。
スピリチュアル系によくあるように都合よく聖書の聖句などを引っ張り出して都合よく解釈をして、何者が「都合よく操られ、存在を認められていない、そのように感じている」のでしょうか。
KR女史
「あなたが自分自身を怒りや恨み、不安や恐怖、孤独や拒絶から解放するのは、ほんとうはとてもシンプルなことなのに、自分自身をあなたの最大の敵にしています。
ほんとうの自分を発見することやウニヒピリとの交流のプロセスは、タマネギの皮を一枚一枚はがしていくような、限りなく続く永遠のプロセスです。はがしても、はがしても、そのタマネギはなくなりません。それでも、ただひたすらはがしつづけます。
何のためにそのようなことをするのでしょう。
それはゼロ(無)になるためです。
私たちはもともと、ゼロ(無)の状態で生まれました。それはここの偉人たち—ブッダやイエス・キリスト、シェイクスピアやゲーテなども言っています。」
(転載ここまで)
またここでもスピリチュアル系は聖人を持ち出して嘘を言っています。
イエス・キリストが、私たちが元々ゼロ(無)の状態で生まれたとか、聖書のどこに書いてあるのでしょうか。そしてそのゼロ(無)の状態に再びなるとはどういうことですか・・・・・・。
ウニヒピリは本当に真実をわかっているのでしょうか。
「ほんとうなの?ウソをついてなんていないよね、ウニヒピリ?」とか優しく聞けば良いでしょうか・・・。😅
ヒューレン博士は、
「一体どれだけの人がインナーチャイルド/ウニヒピリに話しかけているでしょうか、それほど多くはないと思います。
今世界で起きていることを見ればわかります。ホ・オポノポノのプロセスを習った人でさえ、実行していないのではなでしょうか。
ほんとうの自分として、インスピレーションを通して生きていくのなら、そしてあらゆる問題、執着から解放されたいのであれば、自由に生きたいと願うのであれば、ホ・オポノポノを知っている人もそうでない人も、誰もがみなウニヒピリの存在を認め、話しかけていくことを始めてください。」
と話しておられますが、私はそんな存在を信じません。
ほんとうの自分、ほんとうの自分と言いますがどういう事かよくわかりません。
世界中で起きている嘘の事件やニュース、人工地震、オカルト、悪魔崇拝もすべてウニヒピリの記憶の再生でしょうか。それともそれらの事件がすべてウニヒピリの悲しみを表しているというのでしょうか。
インスピレーションに従う事とよく言いますが、わたしがこの本を手に取って、ホ・オポノポノを知ったのは私のウニヒピリのインスピレーションによる導きでしょうか。
この通りこんな記事を書いていますけど・・・・・・。
大ブームのハワイアン・ヒーリング「ホ・オポノポノ」
フナとホ・オポノポノは別物なのですか?
連れて行った友人にカルトの疑いをかけられました。
三〇日間四つのフレーズを唱えていますが、良くなるどころか低下する一方で、何もする気がなくなってきました。
- 和解の祈り
- 平和
- ハ呼吸法
- 私は私
- 悔い改めの祈り
- ホ・オポノポノ
- 解放の祈り
- 浄化
- 変容
- 私の平和
- ハ呼吸法七回
- 感謝(すべてのもの、人、存在、霊への感謝の祈り)
など、上級ホ・オポノポノの実践についてまで詳しく転載すると長くなるので、内容が気になる方は自分で本を読むか検索して下さい。悪魔崇拝だと思いますけど・・・・・・。
上級ホ・オポノポノ」日本語PDF版 http://www.aritearu.com/Influence/Native/NativeWorld/Books/Secret_Science.html
著者のプロフィールなどを読むと、シメオナ氏が開発して、KR女史とヒューレン博士がそれを受け継いだように見えますが、シメオナ氏の純粋なセルフ・アイデンティティ・ホ・オポノポノとは違うようです。
(こちらより転載)
人生の目的
それは、”ほんとうの自分”になることです。
“ほんとうの自分”とは、神聖なる存在(ディヴィニティー)が創造したその正しい形、つまり無(ゼロ)と無限である状態です。
人生で体験することはすべて、記憶の再生、またはインスピレーションです。
鬱、思考、非難、貧困、憎しみ、怒り、痛みは、シェークスピアがソネットで表現したように「・・・過ぎ去った悲しみ、昔の嘆きを今改めて嘆き直している」状態です。
今この瞬間からクリーニングを始めるか、絶え間なく続く記憶の再生か。
意識(表面意識)はそのどちらかをいつでも選択することができます。
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ホ・オポノポノのサイトでは、以下のようなクリーニングツールを販売しています。
(こちらより転載)
Ceeportカード
本の間、ノートの間に挟むことによって自分に必要な情報だけが届いてきます。お財布に入れる事によって多くのメモリが記憶されている紙幣、硬貨のメモリを消去してくれるのでゼロの状態で気持ちよくお金を蓄えられるようになったり、脅迫的にお金を使用することがなくなってきます。
∞Ceeportの由来∞
ヒューレン博士の日課のお散歩の途中、「Ceeport」というインスピレーションが3回聞こえてきました。
「これは一体なんなのですか?」と訪ねてみると、 C – clean クリーニング E – erase 消去 E - erase 消去 Port – 港(心の港)
「お掃除して心のメモリをまっさらにすると霧がだんだんと晴れて来て光が見え、自分の探し求めていた港に帰ることできるよ」とインスパイアされ出来た商品です。
∞Ceeport(シーポート)商品を身につけることによって、 あなたの潜在意識に存在するメモリーを消去することが出来ます。それは、肉体的、精神的、経済的な問題のメモリを消去してくれます。
サイズ:53mm×85mm プラスチック製、クレジットカードサイズ
2,000円(内税)
(こちらより転載)
Ceeport シール小<紺>
コンピュータ、携帯電話、住まい、オフィスなどの隅々に貼る事によってクリーニングができます。
サイズ:18mm×18mm
1,200円(内税)
(こちらより転載)
Ceeport ブックマーク<紺>
シーポートのロゴマークの入っているしおりです。
このしおりはあなたがその時々に最も必要とするメッセージ•完璧な情報を、あなたが確実に受け取れるようにするためのツールです。読書する際、新聞や雑誌、手紙、書類、パソコン、テレビ、ラジオ、台本、CDなどあらゆるものを読んだり、観たり、聴いたりする時に、このシーポートブックマークは役に立ちます。インスピレーションに基づいてどんなことにも使えます。
1,500円(内税)
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これを部屋中に貼り付けて行動したら事業が成功したという人がいるようですが、
思うにその方は元から積極的な方で、このカードが効力を発揮したというより、モチベーション向上に非常に役に立ったのであって、別にこの商品ではなくても、他のお守りのようなものでも、ただのシールでも、これでうまくいくと信じたら何でもよかったのではないかと思うのは私だけですか・・・・・・
(こちらより転載)
Ceeport ブルーボトル(2本)
ブルーボトルで作ったブルーソーラーウォーターを十分に飲むと、
リュウマチ、筋肉のはり、痛み、憂鬱のメモリをクリーニングしてくれます。
<ブルーソーラーウォーターの作り方>
1. 水道水(ミネラルウォーターなどでも構いません)をブルーボトルの中に注ぎキャップを閉めます。
2. 最低30-60分以上、太陽の下に置きます。太陽光が無い場合は白熱灯の光で代用できます。
3. ブルーソーラーウォーターの完成!
4. 一日最低2リットル以上後使用ください。
5. 飲料水としてだけでなく、あなたのインスピレーションに従って色々な使い方をしてみましょう。
例):お風呂に、植物に、御料理に、化粧品に、ペットに…などなど
ブルーソーラーウォーターをテレビやパソコンの横におくと電磁波カットできます。
6. 一度作ったブルーソーラーウォーターを別の容器に移し 替え、
普段様々なシーンで持ち運びお使いいただけます。
容量720ml ガラス製 キャップ(プラスチック製)付き
*キャップ部分に「Ceeport」の印字があります
3,000円(内税)
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すみません私もこれ試してみたのですけど、全然おいしくもないし髪や肌などに使っても気持ち良くもないしむしろ日に当て放しただけの雑菌も入ってそうな水という感じで気持ちが悪くて、これで「ほんとうの自分」とか「内なる子供」とか言うのが癒されたり喜んだり問題が消去するのかと疑問に思うだけだったのですけど、このボトルでないとダメという事でしょうか。別に違いますか。
その後市販の天然水を飲んで気が済みましたけど・・・・・・。
これが本当に電磁波をカットするのでしょうか。私は電磁波など全く気にしていませんが・・・・・。
その水を試したのは何年も前の事です。あの頃は悪魔崇拝も何も知りませんでした。
その当時はイライラしていたりと状態が良くなかったのですが、私が現在、昔より心の状態などが良くなったのはクリーニングをしたおかげではありません。
むしろこれらの本を読んで余計に精神状態が悪くなりました。起こる出来事も沸き上がる感情も、自分なのに自分ではないような、攪乱させられるような話で、更に身に覚えのないことで責められたような気がして、この人たちが何を知っているというのかと正直怒りに駆られました。クリーニングに必要な感情だったというのでしょうか。
なんだか頭に来て、(ヒューレン氏は「とにかくやってください」ばかりで)納得がいかないので、潜在意識とは何か、心理学を探ったり、そのうち様々なスピリチュアル系に手を広げて余計に疑問が増えて、現在このようなブログを書くに至ってしまった次第です。最後は聖書に落ち着きました。
わたしの心がいくらか状態が良くなったのはクリーニングのお陰ではありません。私の救いはウニヒピリとかいう得体の知れない霊ではありません。
これらの呪文を繰り返し唱え続けても、ブルーのボトルの水を飲んでも、答は得られなかったと思います。
それにしても、ウニヒピリのケアというものには随分と手間がかかるようです(お金も・・・)。
人生の意味がわかりません。
(『豊かに成功するホ・オポノポノ』より引用)
ヒューレン博士
わたしたちの生きる目的はなんでしょうか?
「事業の成功」のためでしょうか?「幸せの追求」でしょうか?「使命を果たす」ためでしょうか?
私は、今世生きている目的は「自由」になるためだと考えています。
「自由」とは、何事にも執着せずすべてのことを手放すことができること、すなわち悟り(ゼロ)の状態のことをいいます。
さらにいえば、人生の目的はただ「自由になる」ためではなくて、「過去から自由になる」ために生きていると考えられます。
では「過去」そいうのは何かというと、常に再生されている情報(過去の記憶)を生きる、ということです。
住宅ローン(mortgage loan)というものがありますが、人生は魂のローン返済のようなものです。住宅ローン(mortgage loarn)の mort というのは「死」を意味します。つまり、死ぬ情報が再生されているということになります。
ホ・オポノポノは、いわば自分の魂の死の情報を消去しているともいえます。
ですから自分で魂の死の情報を消去しないかぎり、自分の魂は宇宙で競売物件に出されてしまい、最後には死ぬことになってしまうのです。
死というものは、魂の借金をきちんと返済しなかったことの代償ということなのです。実は、わたしたちが魂の借金を返済しない代償として、死というものがわたしたちに現れるのです。
私はクリーニングが大好きです。
なぜならば、最終的に父=神の家に戻れるからです。
しかし、借金をきちんと返済しないと、父の家にはたどり着くことはできません。魂の借金を返済することがクリーニングであって、その借金を返済しないということは、魂に染みを創って借金をしたまま死ぬということなのです。
ですから、わたしにとって人生というビジネスを生きるということは、魂の借金をきちんと返済する、ということなのです。
そうすることによって、人生のすべてを手放すことが初めてできるようになり、悟り(ゼロ)の状態、すなわち「自由」になることができるのです。
常に再生されている過去の記憶から解放されて、過去でなく今を生きることができるのです。
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ここを直さないと、このままだとあなたは大変な事になりますよ、死んでしまいますよという脅し、不安、煽り商法ですか・・・と一瞬思ってしまう。
魂の借金をきちんと返済しなかったことの代償が死と言うなら、善人が悪人に理不尽に殺された場合はどう説明するのでしょうか。
魂の借金の返済など知らずに、何不自由なく暮らしている人はどう説明するのでしょうか。
癌というのは嘘だそうですし・・・癌も記憶などが原因ですか。
RAPT×読者対談〈第114弾〉癌という病気は存在しない。(前編)
世界中何十億もの人達が、ウニヒピリの記憶など知らずに健康に生きていますが、クリーニングをしていないほとんどの人達が天国に行けないのでしょうか。それこそヒューレン博士とKR女史くらいしかいないのでしょうか。
ヒューレン氏は、ホ・オポノポノのクラスを開催したり、講演活動をしながら、世界中を旅しているのだそうです。
世界中を旅して、クリーニングをし続けるのが自分に与えられた使命だと思っていらっしゃるそうです。
ヒューレン氏の人生は、「クリーニングをするか、しないか」のいずれかだそうです。
・・・・・・・・・・・・・。
「私は父=神の家に戻れる」と仰いますが、どちらの神様でしょうか。
創造主ヤハウェでしょうか。それ以外でしたら、悪魔教ではないでしょうか
輪廻転生はキリスト教では信じられていません。自分自身は誰の生まれ変わりでもないと思います。だから誰も前世の記憶など持ち合わせてはいないと思います。
外部リンク
RAPT | 「前世」はない。「輪廻転生」もない。その確固たる証拠。http://rapt-neo.com/?p=26215
偶像崇拝を強要し、輪廻転生はあると嘘をついた「釈迦」は、悪魔崇拝者だったのか。http://rapt-neo.com/?p=26253
RAPT | RAPT×読者対談〈第101弾〉日本は昔も今も悪魔教の国。http://rapt-neo.com/?p=38862
創造主ヤハウェ以外の神の天国、悪魔教の天国というものは存在していないと思われますが、その神の家といったらどちらに存在するのでしょうか。まさか地獄では・・・・・・。
聖書では自分を愛する事や内なる子供を愛すること、ウニヒピリという霊の記憶を消去することを説いてなどいません。
ホ・オポノポノの教えでは、とにかくその傷つきやすい、自分の内側にいる、記憶を溜めこんだ小さな子供の記憶をクリーニングする為に生きる事が人生の目的なのだそうです。
随分子育てのような世界なのですね。出来事の度に呪文を唱えたり、どんな感情でも沸き起こる度にすかさずクリーニングをしたり、考えたり悩んだり心配をするだけでも傷つけてしまううようなので色々と気を遣って大変です。
目に映る世界はサタンに支配されているようなものばかりなのに。サタンも記憶でしょうか。
そんな残酷な記憶を溜めこんで再生を永遠に繰り返す存在とは一体・・・・・清い存在なのでしょうか。
フナやホ・オポノポノの信者は、キリスト教の三位一体や天使なども信じているのでしょうか。ウニヒピリが天使のような存在とは思えません。イエス・キリストも天使も記憶ですか。
悪魔崇拝もサタンも「私」の責任でしょうか。
地球が誕生してから、ウニヒピリは記憶をずっと溜め込んで、それを優しくケアしておむつ替えや掃除をしてやる事が人間の生まれてきた目的で、わたしたちの生きる目的だそうです。自分でどうにもならない赤ん坊の神らしい。ディヴィニティという存在は、ただをそれを眺めているだけなのでしょうか。
人間がそのように作られたとは思えません。
創世記 第1章26節
2 6 神 は 仰 せ ら れ た 。
「 さ あ 人 を 造 ろ う 。 わ れ わ れ の か た ち と し て 、 わ れ わ れ に 似 せ て 。 彼 ら が 、 海 の 魚 、 空 の 鳥 、 家 畜 、 地 の す べ て の も の 、 地 を は う す べ て の も の を 支 配 す る よ う に 。 」
2 7 神 は 人 を ご 自 身 の か た ち と し て 創 造 さ れ た 。 神 の か た ち と し て彼 を 創 造 し 、 男 と 女 と に 彼 ら を 創 造 さ れ た 。
2 8 神 は 彼 ら を 祝 福 さ れ た 。 神 は 彼 ら に 仰 せ ら れ た 。 「 生 め よ 。 ふ え よ 。 地 を 満 た せ 。 地 を 従 え よ 。 海 の 魚 、 空 の 鳥 、 地 を は う す べ て の 生 き 物 を 支 配 せ よ 。 」
2 9 神 は 仰 せ ら れ た 。 「 見 よ 。 わ た し は 、 全 地 の 上 に あ っ て 、 種 を 持 つ す べ て の 草 と 、 種 を 持 っ て 実 を 結 ぶ す べ て の 木 を あ な た が た に 与 え る 。 そ れ が あ な た が た の 食 物 と な る 。 3 0 ま た 、 地 の す べ て の 獣 、 空 の す べ て の 鳥 、 地 を は う す べ て の も の で 、 い の ち の 息 の あ る も の の た め に 、 食 物 と し て 、 す べ て の 緑 の 草 を 与 え る 。 」 そ の よ う に な っ た 。
3 1 神 は お 造 り に な っ た す べ て の も の を 見 ら れ た 。 見 よ 。 そ れ は非 常 に 良 か っ た 。 夕 が あ り 、 朝 が あ っ た 。 第 六 日 。
新日本聖書刊行会. 旧約聖書 新改訳
インナーチャイルドらしい記述などどこにもありません。自分を愛する事とも書いていません。
(こちらより転載)
意識(表面意識)そのものはあまりにも独善的で、神聖なる存在(ディヴィニティー)が与えてくれた最もたいせつな贈りもの:”ほんとうの自分“に気づきません。
同時に、「ほんとうの問題は一体なんなのか?」ということにも気づいていません。
このことによって真の問題解決はなく、成果のない結果に終わります。
可哀想なたましいは、( 絶え間なく続く不必要な痛みとともに生涯とり残されたままなのです。
なんと悲しいことでしょう。
意識(表面意識)は、”ほんとうの自分”という贈りものに気づくこともできるのです。
だってそれは、理解を超えるほどのほんとうのしあわせなのですから。
“ほんとうの自分”は、あらゆるものを創りだした神聖なる存在(ディヴィニティー)のように決して破壊されることのない、永遠の存在です。
何世紀にわたって繰り返される無意味で容赦のない貧困、病気、戦争、死という、誤った現実は、無知こそがつくりあげた結果です。
(転載ここまで)
、
KR女史
例えば今、何かにわたしが腹をたてることを体験しているとしたら、それを直そうを無理やりポジティブな感情にもっていくのではなく、ウニヒピリに向かってこんなふうに話しかけます。
「あぁ、こんな記憶があったのね、OK!」
これが常日ごろ、私が自由と感じている基本的なあり方です。どんな状況であっても常に平和で安定しているというわけではなくてただどんな状況や感情のときでもウニヒピリと関わっていたいという、わたしらしい姿勢です。
「あなたがどんなにすごいものを溜め込んでつらい思いをしてきたのか、この出てきた感情を体験してみて、よーくわかったわ。これを一緒に、どんなふうにクリーニングできるかしら?ホ・オポノポノのプロセスをする準備がようやく出来たわ。一緒に協力してくれる?」
わたしはわき起こる感情と戦いません。感情として出てくる記憶を押し殺すのはよくないのです。その感情にただただ流されるのも同じこと。ウニヒピリの働きをむだにすることになります。
ヒューレン博士
わたしたちはウニヒピリとともにクリーニングをしていくうえで、ウニヒピリをトレーニングすることができます。
トレーニングの中心はKRの言ったように、まずは起こることすべてを自分のなかの記憶の再生として、
「こんなことを見せてくれたんだね。わかったよ」
と受け入れることです。押し込めたり、否定したり、あなたの頭でジャッジして片づける必要はありません。出てきたら出てきただけ、クリーニングすればいいのです。
(中略)
これを続けていけばいくほど、ウニヒピリはあなたの愛を感じ、あらゆる残酷行為、恐ろしい記憶でさえも、「もうこの人とクリーニングしてもいいんだ」と判断し、自ら進んであなたの前にその記憶を現しはじめます。
誰だって自分の苦しく、生々しい過去を人に打ち明けるのには勇気がいります。
このような苦しい記憶は、長くウニヒピリのなかに押し込まれてきた固くて痛々しいものです。こういった記憶でさえもウニヒピリがあなたに見せ、そこであなたがクリーニングの準備ができていたら、それはしめたものですよ。
(引用ここまで)
、
何ですか、それは?
、
あなたは辛くても、その体験は単に可哀そうな可哀そうなウニヒピリの記憶の再生にすぎないのだから、あなたがどんな目に遭おうと、ウニヒピリが自分を信頼してくれて、見せてくれたことだから受け入れて感謝しろというのでしょうか。
ある意味ひどい目に遭った人ほど感謝すべきで幸運のチャンスだと言うのでしょうか。
そしてウニヒピリは安心してあなたに更に酷い記憶を
「クリーニングのチャンスだよ」
と見せてくれるというのでしょうか。
人間誰もがそんな体験を通らないと、そんな記憶を消去しないと、悟りや幸福を得られないのでしょうか。そうならないと死んでしまうし、死んだあと「神の家」に帰ることはできないというのでしょうか。
誰も前世など持っていないのに。
サタンに優しく話しかけているような事ではないのか・・・・
それで更に見せてくれるという事ではないのか。
”ウニヒピリにはとにかく優しく、あなたがどんな人生になろうと、わたしにはわかりません。それを嘆いたりしたらウニヒピリは傷ついてしまいます。可哀そうです。愛情を持ってとにかく毎日クリーニングです。” という事ですか。
そんな存在は信じません。人間がそういうものだとも私は信じません。
いくらキレイにしても永久にキリがないようですね。
原因は外側にはない、すべて可哀そうなかわいい愛しいウニヒピリの記憶が原因なのだから、人々がいつどんな最悪な目に遭おうと、それはしょうがないのだから、起こることすべてウニヒピリの記憶の再生として、愛情を持って受け入れるべきだという事でしょうか。
人々が誰も悲惨な目に遭わずに平和に過ごせるように「神聖なる存在(ディヴィニティ)」に祈らないのでしょうか。
自分もそんな事になりかねないと不安に思う人間や、すでにひどい目に遭った人間をどうとも思わないのでしょうか。どうなろうと構わないのでしょうか。
「誰よりも可哀そうなウニヒピリの記憶」を消去するために、どこの馬の骨とも知れない、身に覚えのない子供の霊の溜め込んだ汚れをお掃除するために、誰かの人生が辛くて苦しいものになる事も仕方がないのなら、どうぞそのウニヒピリ最も愛している方がそのようになってください。世界の平和のために全ての痛みを背負ってください。
(『ウニヒピリ ホ・オポノポノで出会った「ほんとうの自分」』より引用)
KR女史
ぜひ、皆さんに伝えておきたいのですが、クリーニングを続けていると、
「わぁ、びっくり!私のなかにこんなものがあったなんてすごい!」
というような発見があります。四つの言葉を言ったり、その他のツールを使うことで、誰から与えられるでもない自分の内側から導かれる気づきを得るほど素晴らしいことはありません。それに感謝できるようになると、人生はどんどん広がっていきます。そしてなめらかになります。
(?)
ウニヒピリに間違った対応をしないでください。あなたにとってそのとき体験したことがどんなに最悪なことであっても、ウニヒピリだけには愛を注ぐ努力をしましょう。愛するというのは、無理やり笑って、ただポジティブなことを言うことではありません。
あなたのなかに怒り、憎しみ、恨みはありますか?
誰にでもあるに決まっています。何百万年、何千万年と生きてきたのですから。
出てきたことを見ないふりしたり、押し込めたり、握りつぶそうとしたりする姿勢は忍耐とは言いません。
あなたが信頼し、一緒にいて楽だと思えるどんな人よりも、あなたのウニヒピリは、あなたのどんな姿も、外面も内面もすべて見て、そしてただただ受け入れてきました。そんな相手に体勢をよくしようとあれこれ演じてみてもむだなのです。
(管理人:・・・・・・なんかカチンときます。自分が自分に演じているなんて事がありますか・・・)
ウニヒピリとの美しい関わり方は、出てきた感情や思いをいつくしみ、「見せてくれてありがとう。今まで無視してごめんね。あなたのお話を聞かなかったこと、ゆるしてね。あなたがわたしとともにいてくれることで、わたしはこの思いや感情をクリーニングしたいと思っているの。協力してくれるかしら。そして何よりも心からあなたを愛しています」
このようにウニヒピリにお話することです。どんな残酷な感情がわき起こったとしても、本気でウニヒピリに感謝するべきです。その感情に流されるでも、無理やり押し込めるでもなく、ただウニヒピリに話してみてください。
「わぁ!たった今、わたしのなかにこんな感情があるのね。このパワーは人を殺せるくらい怖いわね・・・・・・。OK!前にこんな記憶があったからなのね。見せてくれてありがとう。さあ一緒にクリーニングしましょう」
こんな風にね!(笑)
(引用ここまで)
、
・・・・・・・・・・・。
有り得ない。
なんだか心が自分と切り離されているような違和感を覚えるのですが。
感情も記憶の再生というだけですか・・・・とにかく「記憶、記憶、クリーニングしましょう!」。
記憶を見せてくれるとは何でしょうか。
ある日ふと殺したいほどの憎しみが、ある時何の人との対立もなく、誰が対象という事もなく、憎らしいと思うような経験もしていない人に降りかかったりするのでしょうか。
そんなことがあるとしたら霊が乗り移って来たとしか思えませんが。
そんなに、自分の感情を、よそ事のように誰もが扱えるのでしょうか。
それが誰への優しさですと。そんな存在信じません。
人間が、人生が、何なのか、自分とか私というものが何なのかわからなくなります。アイデンティティーなど逆に見失います。
自分の身にどんな酷いことが起きようと、その相手や問題を考えるのではなく、
とにかく自分に向かって、
「これはあなたの身に起きていることではない、単なる記憶の再生にすぎない」
「ああこんな記憶があるのね、さあクリーニングしましょうね、愛しています」
と言って良くなることを願うだけなのでしょうか。その後の行動というものもよくわかりません。
なんだか多重人格者の育て方かと一瞬思いました。
(Wikipediaより転載)
解離性同一性障害
解離性同一性障害(かいりせいどういつせいしょうがい、英: Dissociative Identity Disorder ; DID)は、解離性障害のひとつである。かつては多重人格障害(英: Multiple Personality Disorder ; MPD)と呼ばれていた。
解離性障害は本人にとって堪えられない状況を、離人症のようにそれは自分のことではないと感じたり、あるいは解離性健忘障害などのようにその時期の感情や記憶を切り離して、それを思い出せなくすることで心のダメージを回避しようとすることから引き起こされる障害であるが、解離性同一性障害は、その中でもっとも重く、切り離した感情や記憶が成長して、別の人格となって表に現れるものである。
離人症性障害/現実感喪失
離人感とは、自分を外から眺めているような、奇妙な離脱感であり、また現実喪失感とは、現実が夢をる見ているように感じられることで、多くは成長期に普通に感じられる正常な出来事であり、日常生活に重大な影響はない。後述するホームズ (Holmes, E.A.)らは解離性障害を「離隔」と「区画化」の 2つに分けているが、そこでの「離隔」が、この離人症と現実感喪失である。
離人症
離人症(りじんしょう、Depersonalization、depersonalisation)とは、自分が自分の心や体から離れていったり、また自分が自身の観察者になるような状態を感じること。その被験者は自分が変化し、世界があいまいになり、現実感を喪失し、その意味合いを失ったと感じる。慢性的な離人症は離人感・現実感消失障害 (DPD)とされ、これはDSM-5では解離性障害に分類される(DSM-IVの離人症性障害)。
ある程度の離人症や現実感喪失は、一時的な不安やストレスなどによって誰にでも起こり得るものである。
(転載ここまで)
外部リンク
悪魔崇拝者たちの多くが多重人格者であり、幼少期から虐待を受けてきたという現実。http://rapt-neo.com/?p=19219
それで、クリーニングをしてもしても永久に繰り返されるのですか。
それどころか更に悪いものを見せてくれるのですか。
いつ自由とかゼロ(無)になるのでしょうか。まるで呪縛です。サタンです。
自分が自分でないような、自分を生きていないような、心が分裂されているような気持になります。どんな感情もウニヒピリが再生してくれている事で、それを消去すればいいだけ。
喜怒哀楽、すべて呪文でクリーニング。
すべてはウニヒピリが再生してくれたこと。
意思などないのでしょうか。
KR女史などのホ・オポノポノの信者たちはそのようにしていつも感情を処理(?)しているのかもしれませんが、他の人達はそのように、感情がまるでよそから降って湧いて来るような事は絶対にありません。
傷ついて可哀そうなウニヒピリですと。誰ですかそれは。知りません。「最悪な目に遭っている私」は何なのでしょうか。更に身に覚えのない育児放棄を責められたような気分です。
優しさとは何なのでしょうか。誰の何が癒されるのか理解不能です。輪廻転生をはじめ、私はそのような存在を信じる事ができません。
「自分を愛して自分に優しくする」とか、「自分を愛することとはウニヒピリを愛すること」とか、「ウニヒピリとはあなたのことです」とか、自分とは何なのか混乱します。
誰かそうしてストレスなどに晒されて、イライラしたり、落胆したり、冷たくなったりしたら、「ウニヒピリが可哀そう」「そうしている間、ウニヒピリはとても傷ついています」、その他、ウニヒピリが無視されたと感じているとか、置き去りにされたような気持になりますとか言いますが、誰が無視されているのかと首を傾げます。
「ウニヒピリの声がわからなかったら、静かにして耳をすませてみて下さい。
「悲しい」「ひどい」・・・実は、これがウニヒピリの声です」(KR女史)
そうなんですか。私は私と合わないようですね。生きていけないかもしれない。
私の「ほんとうの自分」だとか「子供」の声が痛いほどによく分かるようですが、わたしの何をご存知ですか。今までの人生の。良くも悪くも。
と思われませんか。
ウニヒピリを言うのは万人共通のひとつの人格者という事でしょうか。「あなたのウニヒピリは・・」とも語っているので、1人1人違うのでしょうか。
とにかく、自分の外側で何かが起きているのではなくて、すべて内側で、記憶が再生されているだけ。
人は皆、生まれてから死ぬまで、誰がどんな環境に置かれようと、どんな不公平な身に置かれようとウニヒピリの愛情深い優しい母親として出来事や感情のすべてに傷を付けずに気を遣って生きなければいけないようです。
あとは自分に起こるどんな出来事も、(良くも悪くも)湧き上がる感情も全てひとつひとつ他人事のように、「こんな感情があったのね、OK!」 消去、消去・・・
事故、事件に巻き込まれようと、命を狙われようと、虐待されようと、どんな不幸が訪れようとウニヒピリの記憶のせい。
「わぁ、私の中にこんな感情があったのね、OK!さあクリーニングしましょう!」
ーそんな奴いるかっ
そして最後は「神の家」に帰れるよと。
嘘をつくなよウニヒピリちゃん・・・。
「ねぇ一緒に帰ろう」って地獄行きかもしれません。本当に。
そうしていつゼロ(無)の状態になって、平和な世界が訪れるのでしょうか。終らない永遠のプロセスだそうですが・・・・・・。
,
ホ・オポノポノの信者の方は、キリスト教の様々な教会や、聖地や、悪魔崇拝の疑いのある場所で、何が見えるか、どんな声が聞こえるか、どんな痛みを感じるか、どんなクリーニングすべき記憶が現れるのか、是非訪れて聞かせて頂きたいものです。
何せ世界には23億人のキリスト教徒が存在しているそうですから。救いに繋がるかもしれませんよ。スピリチュアル系の人口は何人でしょうか。
声が聞こえたとしても、神の元から来ている霊ではないと思われますので、多分他のスピリチュアル系と同じように、噓八百で真実を語ることはないと思います。(スピ系のブログなどでよく偽物の神様や大天使ミカエルやマリアなどが話しかけていますし)
もっとも、キリスト教関係の建物や場所には彼らがクリーニングすべきメモリーは存在しないという事なのかもしれませんが・・・・・・・・・・。
というか、誰にどんな歴史的事実があったのかとかというよりもとにかく、
「わぁ、あなたはこんなに大変な記憶を溜めこんでいたんだね、クリーニングの機会をありがとうウニヒピリ、さぁ一緒にクリーニングしよう」しかなさそうな気がしますけど・・・・・・。
なんだかどこかの親馬鹿を見ているようです。
とにかくウニヒピリ、ウニヒピリ大丈夫?げんき?愛しい可哀そうなウニヒピリ、こんな記憶があったのね、ごめんなさいね、わぁ凄いウニヒピリ、こんな感情があったなんて、辛かったのねウニヒピリ、許してね、等々、とにかく全てはウニヒピリの記憶です・・・・・・。
イエス・キリストは二の次です。あなたのことなど知りません。可哀そうなのはウニヒピリです。あなたは母親なのだから愛情深くなさい。この子に優しくして下さい。自分を愛することです。
自分がわかりません。
その存在が疑わしい。悟りがゼロの状態というのは矛盾している気がするのですけど。
外側というものは無い、すべては自分の内側で起こっていると、何十年とクリーニングをなさっているようですが、いつになったら世界が平和になるのでしょうか。世界人類すべてがしないと叶わないのでしょうか。どこが自由なのかよくわかりません。
本当に問題の対処になっているのでしょうか。
余談ですが、ヒューレン氏は、ハンバーガーなどが大好きなアメリカ人だという事だそうですが、
一部の陰謀論によると、マクドナルドのハンバーガーのパティには、誘拐された子供たちの肉が使われているそうですが、ハンバーガーから何か声が聞こえますでしょうか・・・・
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マ 〇ドナ 〇ドへの血の生贄 – YouTube
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外部リンク
マクドナルドは誘拐した子供の肉をハンバーグに混ぜています|謎の真相①~⑥http://asvaghosa.blog.fc2.com/blog-entry-223.html
何も聞こえませんか。そうですか。
植物が痛いと言っていたり、呪文を唱えたり、声をかけたり、ブルーソーラーウォーターで野菜を洗うと野菜たちが喜ぶとか、おいしい料理になるのだと材料たちがはしゃぐだとか、
もう、食べ物からも声や感情を感じ取るなんて気持ち悪い ・・・霊はどこにでも潜んでいるという事なのでしょうか。神から来ているとは思えません。物の扱いが不器用な人や、料理が下手な人はひどい人とされてしまうのでしょうか。それで「あなたはクリーニングが必要だ」というのは、余計なお世話ではないでしょうか。
極端な例ですが、人が何か怒りに駆られて何か食器を割ったり、物に当たったりしたところへ、誰かが
「(壊したものが)痛い!(と伝わった)、痛そう、痛いって泣いてる(悲)」
「ひどい人」「食器が可哀そう」「傷ついてる」
「あなたがどんな最悪なことになろうとウニヒピリに感謝して優しい気持ちでいるべき」
「そんな風に乱雑にしているとウニヒピリは苦しんでしまいます」
「お部屋や内なる子供に傷つけたことを謝って下さい」
なんて言われたとしたらもうなんだかな・・・と想像して首を傾げるのですが。
わたしは食器以下か
「残酷なことで傷ついて辛い思いをしているのはあなたではなくてウニヒピリなのです。あなたが経験している事は記憶の再生にすぎないのだから、感情的にならずに受け入れてください。そんなに怒っていたりしたら、またウニヒピリが傷ついてしまいます。なんと可哀そうなのでしょうウニヒピリ。「その記憶はもう手放していもいいんだよ」ともっと母親の愛情を持ってひたすらクリーニングをして下さい」
などと言われでもしたら、私だったら人間が嫌になります。
更にその存在の不確かなウニヒピリを傷つけたことや愛情がなかったかったことが「私」の人生が行き止まりにぶち当たった原因だとして「幼児虐待の罪」を心から謝罪して、
「ありがとうごめんなさい許してください愛しています・・・アイスブルー・・・」
惨めではないのでしょうか。惨めさもクリーニングでしょうか。誰が癒されるのか分からない。
そうしてウニヒピリちゃんは機嫌をとりなおしてくれるかもしれない、そうしたらあなたの人生は自由になります?何の事だ。どこが自由なのかわからない。
アメリカでは毎年80万人もの子供たちが誘拐されているようですが、それに関しては何か建物や場所からわかりますでしょうか。全ては記憶のせいでしょうか。呪文を唱え続けていたら、(全ては記憶の再生だから)嘘ばかりのニュースや悪魔崇拝者や誘拐事件は魔法のように消え去るのでしょうか。
ディヴィニティはそれについて詳しく答えては下さらないのでしょうか。
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外部リンク
アメリカは異常なまでの誘拐大国。年間80万人の行方不明児童たち。http://rapt-neo.com/?p=8495
、
日本でも誘拐が増えているようです。
日本の行方不明の子供。2011年には1000人、2013年には4000人にまで急増。http://rapt-neo.com/?p=9199
、
(『ウニヒピリ ホ・オポノポノで出会った「ほんとうの自分」』より引用)
「わたしたちは誰かを救おうとしているのではありません。他人や自分以外の何かをどうこうしようという考えは、ウニヒピリにとっても本当に負担なのです。とても痛くてつらい負担です」(ヒューレン博士)
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私はそのどこぞの霊のウニヒピリをどうこうしようという考えが本当に負担ですけど・・・・。
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誰も救いようがないという事ですか。
とにかくウニヒピリをかまってあげてという事ですか。全てはウニヒピリの溜め込んだ記憶なのだから、人間の誰に何が起きるかも知る由もないし、防ぎようもないし、誰を救う事も守ることもできないし、何と戦う事もできない。神様に祈っても無駄なのでしょうか。
それに神聖なる存在(ディヴィニティー)って何者ですか・・・・悪魔崇拝の神様ですか
、
私は一応キリスト信者ですので、他の神々に仕えることはできません。
というより、キリスト教以外の宗教が皆悪魔崇拝や悪霊から来ていると知ってからは、私はもう他の宗教の神を拝めません。神道や仏教の教理も利用するようなスピリチュアル系が嘘だとわかり、真実を知ったので、私は心がいくらか楽になりました。まだ勉強が足りません。
外部リンク
この世の神はとかく悪魔だらけ。ヨガ、アセンション、アガルタ関連の話には要注意です。http://rapt-neo.com/?p=24226
神社仏閣に潜む悪魔たち。またはアガルタから悪魔のメッセージを伝える人たち。http://rapt-neo.com/?p=24282
私は輪廻転生も信じておりません。聖書にも書いてありません。なのでカルマも信じていませんし、何千年とため込んだ前世の記憶が自分の潜在意識の中にあるなどと信じる事はできません。
,
ここまでSITHホ・オポノポノについて長々と書きましたが、「理屈はいいからとにかくやってください」というヒューレン博士にとって、こんなにツッコミばかりする人間はきっとたまらないでしょう(もっと書けますが・・・)。
彼は素直に実践をせずに、あれこれ質問をしたりする人を嫌がります。理屈ばかりで「知的便秘」に陥っていると馬鹿にしています。だから色々なものを身体にため込むのだ、という事でしょうか。
「全く、知ろうとしない!」ともお怒りになりますから・・・・。どうぞその感情もクリーニングなさって下さい。
「大体人と関わるとろくなことがない!」とも仰います。人間関係はどんな方でも大変なようです。
どうぞその経験も感謝をしてクリーニングなさって下さい。
そんな可哀そうなウニヒピリについてこんな記事を書いている私は悪魔の導きでしょうか・・・・・・。
、
(『ウニヒピリ ホ・オポノポノで出会った「ほんとうの自分」』より引用)
、
大切なのはわかろうとしないこと
KR女史
「私たちは本来ほんとうの問題が何であるかさえ知りません。
クライアントが足を骨折していたとします。わたしはそのことに関して「あなたは足を骨折しています」とは言えます、しかし、その元々の問題つまり記憶の原因となるところは私にはわからないのです。
わたしにわかるのは一番に骨折していること。二番目にはその人がここにいるということ。それだけです。私はわかるということを手放して、自分のなかをクリーニングします。私の仕事としてはそれだけで十分です。それ以外のことをするとウニヒピリの思いをちぐはぐになります。それは大きな問題です。
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ヒューレン博士
「わかろうとしない」ことは、すべてに通用するツールです。なぜこの人がわたしのもとに現れたのか、なぜわたしはこの仕事をしているのか、なぜ病気なのか、なぜやせないのかなどを知ろうとしないように気を付けることは、クリーニングをするうえで大切なことです。なぜなら記憶の底から導きだされた考えは、あなたをトラブルに巻き込むだけだからです。
そのように頭をめぐらす代わりに、ウニヒピリには常にこのような態度でいたいものです。
「OK!何が起きているのかわたしにはわからない。手がかりもない。ただ一緒にクリーニングしよう。なぜならクリーニングをして神聖なる存在にこの記憶を届けさえすればちゃんと整えてくれるからね」
(引用ここまで)
理解できません。あ、わからなくていいのか。私がよくありません。とにかく何も考えずに言う通りにして下さいという事ですか。シールやカードなども買って・・・・。
スピリチュアル系は皆一様に「わかろうとしないこと」とか、わからなくてもいいとか、わかる必要はないからとか言いますから・・・・・・。
SITHホ・オポノポノはシメオナ氏の純粋な教えとは別物のようなのですが、どういった経緯でそんな教理が出来上がったのでしょうか・・・・・・その内なる声が教えたのでしょうか。
そしてこのSITHホ・オポノポノの原典であるフナは、悪魔崇拝の神道と構造がよく似ているのだそうです。
(こちらより転載)
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本書は人間の成り立ちと力の使い方を理解するのに非常に有益である。私(訳者)は、日本古来の呪術のメカニズムを理解するのに特に役立った。フナの説く人間の構造は神道霊学のそれに奇妙に一致する。
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著者は人間の霊魂をウハネ(顕在意識の霊)、ウニヒピリ(潜在意識の霊)、アウマクア(超意識の霊)に三分しているが、これは神道でいうと荒魂(あらみたま)、和魂(にぎみたま)、直魂(なほひ)に対応する。本書はこの三つの霊魂の働き、相互関係、その取り扱いについて詳しく説明している。
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呪術の面でも、カフナと日本の陰陽師は驚くほど一致している。本書で詳しく紹介されている「死の祈り」は、いわゆる式神を使う日本古来の呪殺の方法とそっくりだ。呪術の本では、竹筒の中で飼育する「野狐(やこ)」と呼ばれる霊を操るとされるが、本書によれば、それは動物霊ではなく奴隷にされた人霊であるという。彼らを説得して送り返す方法も書かれている。
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私は昨年、ウィリアム・W・アトキンソンの一連の著書を訳して、徳間書店から出させていただいたが、そこに出てくる「アストラルチューブ」と同じものが本書に登場することに驚いた。
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ピラミッド建造者がカフナの先祖だったという話は、古代史の謎を解く手掛かりを与える。著者によれば、大変動を逃れるため母なる国を逃れてエジプトに渡ったカフナ12部族が、呪術の力によってピラミッド文明を築いた。
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これはアトキンソンのまとめた「キバリオン」(徳間書店)の情報を裏づける。「キバリオン」はエジプトのピラミッド建造者で国家建設のための秘密を世界に植え付けた神人ヘルメスの深遠な教えを解説したものである。カフナの先祖もヘルメスに辿れると思われる。その証拠に、「上なる如く下に」の有名なヘルメスの格言がカフナに由来すると本書に書かれている。さらに、「キバリオン」によれば、ヘルメスは日本の代表者にも秘密を伝授したという。ここにもハワイと我が国との秘密の接点が垣間見える。
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エジプトのカフナ族は、国内情勢が悪化した時に、最高の宝(呪術の秘密)を守るために、国を脱出して祖国に帰る長旅を開始した。
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一部族は北アフリカのアトラス山脈に残り、一部族は途中で紅海からマダガスカルに移民し、残る十部族がインド洋経由で各地にフナを植え付けながら、最後にポリネシアに辿り着いた。十部族の船団は、祖国帰還の途中で、日本にも渡り、古神道の呪術の基礎を据えたと思われる。これは私の解釈であり本書には書かれていないが、傍証は本書のいたるところに見られる。
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2010年5月25日 林陽
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昨日は、悪魔崇拝者から見た天皇家の歴史をざっと辿ってみました。
日本古来から伝わる神道がもともとはユダヤ教であり、悪魔崇拝者たちがそのユダヤ教の内部に入り込み、自分たちの都合の良いように教理をねじ曲げ、「天皇」という偶像をでっちあげて民衆に拝ませ、かつ天皇に権威を与えて民衆を治めるようにさせた……というのがそのおおまかな内容です。(昨日の記事は以下になります。)
○古代エジプトの太陽信仰=悪魔崇拝が、現在の日本の天皇家へと流れ着き、天皇家を最大級の財閥にするまで。
このように、神道というものは悪魔崇拝者どもが作り出した邪悪な宗教であり、神聖なものでも何でもないということです。また、神道から派生した「陰陽道」などの宗教も、結局のところは悪魔崇拝に過ぎません。現在の信仰者たちがそれを認識しているかどうかは分かりませんが……。
かつて神社で行われていた「お祭り」も、もともとは老若男女が裸で集まり、乱交パーティのようなことをしていたとの説があります。そして、現在の悪魔崇拝者たちも常に乱交パーティを行っています。これもまた神道が悪魔崇拝から派生したものであるという確固たる証拠でしょう。
男性や女性の性器を神様として崇めるような神社があるのも、やはり淫乱な悪魔崇拝者たちによって作られた宗教であるという証左です。ユダヤ教そのものの本質が骨抜きにされ、悪魔教の要素が混入された結果、そのようなおかしな宗教が誕生してしまったのです。
したがって、神道で神とされてきた「天皇」もまた悪魔崇拝者である可能性が非常に高いということです。少なくとも、その可能性は捨てきれません。
また、この天皇には古くから「八咫烏」という名の護衛団がついていたようですが、これもまた完全なる秘密組織であり、ある意味、日本版フリーメーソンのような存在です。詳細は以下のウェキペディアの記事をご参照ください。
このウェキペディアの記事には、この「八咫烏」が今ではもう弱小化し、解体されつつあると書かれてありますが、実際のところはそうではなさそうです。今でも彼らは、この国の水面下で実質的に活動を続けている可能性が高いです。
まず、かつての歴史上、悪魔崇拝が最も大きく栄えたのが古代エジプト王朝です。もともとはアトランティス大陸で栄えたという説もありますが、このアトランティス大陸が滅んで海の底に沈んでしまったため、悪魔崇拝者たちがエジプトに流れ着き、そこでピラミッドなどを建造しながら、壮大に悪魔崇拝を執り行っていたと言われています。
多くの歴史書を見ると、エジプトでは太陽信仰が栄えたと書かれてあります。そして、この太陽崇拝こそがすなわち悪魔崇拝です。悪魔崇拝組織と呼ばれるフリーメーソンが、ピラミッドをモチーフにしたマークを使っていることからも、これは明らかな事実です。彼らは三角ピラミッドに悪魔(彼らにとっては神様)の力が宿ると信じているのです。
昔のハワイには、人を助ける白魔術と対照的に、
恐ろしい“黒魔術”を扱うカフナもいました。
カフナにはたくさんの種類があり、
それらは大きくふたつのグループに分けることができます。
そのひとつは“Ku(クー)”、
そしてもうひとつが“Lono(ロノ)”です。
クーのカフナは戦争や闘いに関することを、
ロノのカフナは農業や平和に関することを
行うことになっていました。
クーもロノもそれぞれさらに細分化され、
カフナたちの専門はとても細かくわかれていました。
白魔術はロノ、黒魔術はクーに
含まれるもののひとつなのです。
(転載ここまで)
(こちらより転載)
カフナとは、神々と人間を取り持つ役割をする賢者で、ハワイアンから尊敬された、とても位の高い聖者とされていますが、王の次に位の高いカフナと、また、様々な分野の職業における才能や霊感にたけた人々も皆カフナと呼ばれていて、神官・ 医者・職人・呪術者のそれぞれの分野で、マナ(mana)‟神聖な力”を操る神に近い存在で、日本で言えば僧侶の様な存在でした。
ここで言うカフナは、ドクター、医師の様な役割をし、カフナ・ラパアウはハーブ園から摘んでくる薬草と祈祷の力で病人や怪我人を治したそうです。「癒しの神殿」(ヒーリングヘイアウ)として古代ハワイアン達から愛され、実際に薬草を調合したり、戦いで傷ついた兵士たちの病院ともいえる神殿で、ヘイアウ・ホオラ(癒しの寺院)として知られています。
ですので、病院でもあり、治療所、療養所の様な神殿でありました。
ヘイアウ(ハワイ語: heiau)とは、古代のハワイ人が建設した聖域のことである。
歴史
キリスト教を受容する以前の古代ハワイ社会の宗教はカーネ神、カナロア神、ヒナ女神、ペレ女神、クー神らが信仰される多神教の世界であったが、そうした信仰に付随する宗教行事に用いられたのがヘイアウ(聖所)である。
石材を敷き詰めた舞台のような構造をしていて、様々な宗教的な行事が執り行われて、ヘイアウによっては生け贄が捧げられてこれは「ルアキニ・ヘイアウ」と呼ばれた。
ルアキニ(ハワイ語: Luakini)とはハワイ宗教上のヘイアウ(聖所)で生贄を捧げるところをいう。ポリネシアの宗教でも他ではなくて、ハワイの宗教だけにある習慣であった。 [1]
数あるヘイアウの中でも、男性のシンボルで戦いの神でもあるクーへ捧げたヘイアウでのみ、長引く乾燥、戦争など異常な事態に犠牲が捧げられて、犠牲者はハワイ先住民の伝統的身分制度の奴隷(カプ破りや敗戦者)から選ばれた。
(中略)
カメハメハ大王はモオキニ・ヘイアウで生まれて、クーの信奉者で、プウコホラ・ヘイアウでいとこを生贄にして、ハワイ島統一を完成している。
1819年、統一ハワイ王国のカメハメハ2世によって様々なタブー(ハワイ語ではkapu)が廃止されるとヘイアウは使用されなくなり、忘れられていった。
しかし1970年代以降の「ハワイアン・ルネッサンス」においてキリスト教受容以前の古代ハワイの精神世界への興味が高まり、フラや航海カヌーに関わる人々によって再びヘイアウは尊重されるようになった。
ハワイには幽霊や呪いなどの怪奇現象が少なくないらしい。
【閲覧注意】ハロウィンスペシャル! ハワイの怪奇スポット8選https://www.hawaii-arukikata.com/hiinfo/halloweenhawaii.html
ヘイアウには多くの観光客が訪れるようですが、神社仏閣といい、ハワイといい、悪魔崇拝の聖地のようなところを皆パワースポットだとかヒーリングだとか言って有難がっているのだから無知は恐ろしいい。
(ハワイの宗教 Wikipediaより転載)
神々
ハワイ先住民の宗教は自然崇拝の多神教で多数の神々があるが、主な神々としては男性のシンボルで戦いの神でもある「クー」 (Kū) 、生命の神「カーネ」 (Kāne) 、農耕の神「ロノ」 (Lono) 、海の神「カナロア」 (Kanaloa) がある[1]。その他の神々にはラカ (Laka) 、キハワヒネ (Kihawahine) 、パパハナウモク (Papahānaumoku) があり、ペレも有名である。また、各家族には家族を守ってくれるアウマクア (Aumakua) を持っている。
神々はたくさんあるので、次のように分類すると理解しやすい]:
- 主神4柱(ka hā):クー、カーネ、ロノ、カナロア
- 男の神々40柱(ke kanahā):カーネの化身
- 男神と女神400柱(ka lau)
- 無数の男神と女神(ke kini akua)
- その他の神々(na ʻunihipili)
- 守護の霊(na ʻaumākua)
また、次のように分類もできる:
- 主神4柱(akua):クー、カーネ、ロノ、カナロア
- 次の神々(kupua):各職業と結びついている
- 守護神(ʻaumakua):各家族と結びついている
ハワイ神話について古典的な本を書いたマーサ・ベックウィズ (Martha Beckwith) は、この本の冒頭の4章でまず、男神のクーとそれに対比して女神のヒナ、ロノ、カーネ、カナロアの5神を挙げて説明して、その後の章で下位の神々を記述している。
また、カーネ、クー、ロノをおもな3神として挙げて「Trinity」という言葉で説明する研究者もいる。
(転載ここまで)
外部リンク
古代ケルトのドルメンも日本の神社も同じドルイド教の生け贄儀式の祭儀場でした。http://rapt-neo.com/?p=33189
そのように生贄を捧げる悪魔崇拝の神々のひとつであるウニヒピリのケアをして生きるとはどういう事でしょうか。
マナとはその神が持っている力という事だそうですが、悪魔の働きという事なのでしょうか。
「ウニヒピリの声を無視しながらあなたが24時間フル活動するよりも、ウニヒピリと協力して働くたった10分の方がより良い仕事ができます。どうかウニヒピリのケアを忘れないで。」(KR女史)
マタイによる福音書第12章46節~49節
イ エ ス の 母 、 兄 弟 ( マ コ 3 3 1 ― 3 5 、 ル カ 8 1 9 ― 2 1 )
4 6 イ エ ス が な お 群 衆 に 話 し て お ら れ る と き 、 そ の 母 と 兄 弟 た ち が 、 話 し た い こ と が あ っ て 外 に 立 っ て い た 。 4 7 そ こ で 、 あ る 人 が イ エ ス に 、 「 御 覧 な さ い 。 母 上 と 御 兄 弟 た ち が 、 お 話 し し た い と 外 に 立 っ て お ら れ ま す 」 と 言 っ た 。
4 8 し か し 、 イ エ ス は そ の 人 に お 答 え に な っ た 。 「 わ た し の 母 と は だ れ か 。 わ た しの 兄 弟 と は だ れ か 。 」
4 9 そ し て 、 弟 子 た ち の 方 を 指 し て 言 わ れ た 。 「 見 な さ い 。 こ こ に わ た し の 母 、 わ た し の 兄 弟 が い る 。 5 0 だ れ で も 、 わ た し の 天 の 父 の 御 心 を 行 う 人 が 、 わ た し の 兄 弟 、 姉 妹 、 ま た 母 で あ る 。 」
ルカによる福音書第9章57節~62節
5 7 一 行 が 道 を 進 ん で 行 く と 、 イ エ ス に 対 し て 、 「 あ な た が お い で に な る 所 な ら 、 ど こ へ で も 従 っ て 参 り ま す 」 と 言 う 人 が い た 。 5 8 イ エ ス は 言 わ れ た 。 「 狐 に は 穴 が あ り 、 空 の 鳥 に は 巣 が あ る 。 だ が 、 人 の 子 に は 枕 す る 所 も な い 。 」
5 9 そ し て 別 の 人 に 、 「 わ た し に 従 い な さ い 」 と 言 わ れ た が 、 そ の 人 は 、 「 主 よ 、 ま ず 、父 を 葬 り に 行 か せ て く だ さ い 」 と 言 っ た 。
6 0 イ エ ス は 言 わ れ た 。 「 死 ん で い る 者 た ち に 、 自 分 た ち の 死 者 を 葬 ら せ な さ い 。 あ な た は 行 っ て 、 神 の 国 を 言 い 広 め な さ い 。 」
6 1 ま た 、 別 の 人 も 言 っ た 。 「 主 よ 、 あ な た に 従 い ま す 。 し か し 、 ま ず 家 族 に い と ま ご い に 行 か せ て く だ さ い 。 」
6 2 イ エ ス は そ の 人 に 、 「 鋤 に 手 を か け て か ら 後 ろ を 顧 み る 者 は 、 神 の 国 に ふ さ わ し く な い 」 と 言 わ れ た 。
ルカによる福音書第10章25節~36節
2 5 す る と 、 あ る 律 法 の 専 門 家 が 立 ち 上 が り 、 イ エ ス を 試 そ う と し て 言 っ た 。 「 先 生 、 何 を し た ら 、 永 遠 の 命 を 受 け 継 ぐ こ と が で き る で し ょ う か 。 」
2 6 イ エ ス が 、 「 律 法 に は 何 と 書 い て あ る か 。 あ な た は そ れ を ど う 読 ん で い る か 」 と 言 わ れ る と 、2 7 彼 は 答 えた 。 「 『 心 を 尽 く し 、 精 神 を 尽 く し 、 力 を 尽 く し 、 思 い を 尽 く し て 、 あ な た の 神 で あ る 主 を 愛 し な さ い 、 ま た 、 隣 人 を 自 分 の よ う に 愛 し な さ い 』 と あ り ま す 。 」
2 8 イ エ ス は 言 わ れ た 。 「 正 し い 答 え だ 。 そ れ を 実 行 し な さ い 。 そ う す れ ば 命 が 得 ら れ る 。 」 2 9 し か し 、 彼 は 自 分 を 正 当 化 し よ う と し て 、 「 で は 、 わ た し の 隣 人 と は だ れ で す か 」 と 言 っ た 。
3 0 イ エ ス は お 答 え に な っ た 。 「 あ る 人 が エ ル サ レ ム か ら エ リ コ へ 下 っ て 行 く 途 中 、 追 い は ぎ に 襲 わ れ た 。 追 い は ぎ は そ の 人 の 服 を は ぎ 取 り 、 殴 り つ け 、 半 殺 し に し た ま ま 立 ち 去 っ た 。 3 1 あ る 祭 司 が た ま た ま そ の 道 を 下 っ て 来 た が 、 そ の 人 を 見 る と 、 道 の 向 こ う 側 を 通 っ て 行 っ た 。 3 2 同 じ よ う に 、 レ ビ 人 も そ の 場 所 に や っ て 来 た が 、 そ の 人 を 見 る と 、 道 の 向 こ う 側 を 通 っ て 行 っ た 。
3 3 と こ ろ が 、 旅 を し て い た あ るサ マ リ ア 人 は 、 そ ば に 来 る と 、 そ の 人 を 見 て 憐 れ に 思 い 、 3 4 近 寄 っ て 傷 に 油 と ぶ ど う 酒 を 注 ぎ 、 包 帯 を し て 、 自 分 の ろ ば に 乗 せ 、 宿 屋 に 連 れ て 行 っ て 介 抱 し た 。 3 5 そ し て 、 翌 日 に な る と 、 デ ナ リ オ ン 銀 貨 二 枚 を 取 り 出 し 、 宿 屋 の 主 人 に 渡 し て 言 っ た 。 『 こ の 人 を 介 抱 し て く だ さ い 。 費 用 が も っ と か か っ た ら 、 帰 り が け に 払 い ま す 。 』
3 6 さ て 、 あ な た は こ の 三 人 の 中 で 、 だ れ が 追 い は ぎ に 襲 わ れ た 人 の 隣 人 に な っ た と 思 う か 。 」 3 7 律 法 の 専 門 家 は 言 っ た 。 「 そ の 人 を 助 け た 人 で す 。 」 そ こ で 、 イ エ ス は 言 わ れ た 。 「 行 っ て 、 あ な た も 同 じ よ う に し な さ い 。 」
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聖書 新共同訳 新約聖書
この隣人とはウニヒピリの事だなんてまた勝手なことを仰らなければ良いのですが。
(『ホ・オポノポノ ライフ ほんとうの自分を取り戻し、豊かに生きる』より引用)
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KR女史
「イハレアカラ・ヒューレン博士は、「汝の敵を愛せよ」と、イエス・キリストの言葉を引用していつもおっしゃいます。この時の敵とは、自分に暴力をふるう夫ではなく、そのような体験の原因となっている記憶を指しています。今までクリーニングされず、再生され続けてきた記憶がウニヒピリによってもう一度現れてきてくれて、手放すときがきたのです。クリーニングをするかしないかはあなた次第です。」
「あなたを殴るその相手を無理矢理愛する必要はありません。相手が変わるのを待つ必要もありません。あなたは、まず一番に自分を大切にして、すべきことをしていいのです。その間、ずっとホ・オポノポノはあなたのもとにあり、クリーニングする事ができます。記憶を消去すると、それこそが敵を愛する事だとモーナから教えられました。」
(引用ここまで)
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何を言っているのですか・・・・・・。
「汝の敵」とは自分の外にある人のことではなく、自分自身のなかにある情報(過去の記憶)のことだとヒューレン博士は考えているようです。
勝手な嘘の解釈を教えないでください。ウニヒピリはそれでいいよと言っているのですか。
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イエス・キリストはウニヒピリなど知りません。クリーニングしないと死ぬとも言っていませんし。創造主ヤハウェの御心しか行いません。ディヴィニティとは全く別の存在です。どうして異教徒の教えを引っ張り出して勝手に解釈ができるのでしょうか。
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そのようにして、殴られた女性は自分を大切にして、すべきことをしていいとはどういう事でしょうか。私には想像がつきません。
とにかく何が起きようとそれらは全て可哀そうなウニヒピリの記憶のせい、他人が転んだのを見ただけでも「自分の責任」。
悪魔も悪霊も、罪も裁きもない。サタンと戦うこともない。
聖書にウニヒピリや記憶についての事などどこにも書かれていません。
聖書について勝手な解釈をしたら神様がお怒りになると思いますが、ウニヒピリはそれを純粋そうに「その通りだよ」とでも言っているのでしょうか。それで本当に悟りの状態になるのか甚だ疑問です。
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ハワイにお住いのお二人は今もきっと、「Thank you , I’m sorry , Please forgive me , I love you 」と4つの呪文を唱え続けて、ウニヒピリのクリーニングをなさっている事でしょう。今回のクリーニングは時間がかかりそうです。
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出エジプト記第20章1節~6節
1 そ れ か ら 神 は こ れ ら の こ と ば を 、 こ と ご と く 告 げ て 仰 せ ら れ た 。
2 「 わ た し は 、 あ な た を エ ジ プ ト の 国 、 奴 隷 の 家 か ら 連 れ 出 し た 、 あ な た の 神 、 主 で あ る 。
3 あ な た に は 、 わ た し の ほ か に 、 ほ か の 神 々 が あ っ て は な ら な い 。
4 あ な た は 、 自 分 の た め に 、 偶 像 を 造 っ て は な ら な い 。 上 の 天 に あ る も の で も 、 下 の 地 に あ る も の で も 、 地 の 下 の 水 の 中 に あ る も の で も 、 ど ん な 形 を も 造 っ て は な ら な い 。
5 そ れ ら を 拝 ん で は な ら な い 。 そ れ ら に 仕 え て は な ら な い 。 あ な た の 神 、 主 で あ る わ た し は 、 わ た し を 憎 む 者 に は 、 父 の 咎 を 子 に 報 い 、 三 代 、 四 代 に ま で 及 ぼ し 、
6 わ た し を 愛 し 、 わ た し の 命 令 を 守 る 者 に は 、 恵 み を 千 代 に ま で 施 す か ら で あ る 。
申命記第18章9節~12節
9 あ な た の 神 、 主 が あ な た に 与 え よ う と し て お ら れ る 地 に 入 っ た と き 、 あ な た は そ の 異 邦 の 民 の 忌 み き ら う べ き な ら わ し を ま ね て は な ら な い 。
1 0 あ な た の う ち に 自 分 の 息 子 、 娘 に 火 の 中 を 通 ら せ る 者 が あ っ て は な ら な い 。 占 い を す る 者 、 卜 者 、 ま じ な い 師 、 呪 術 者 、1 1 呪 文 を 唱 え る 者 、 霊 媒 を す る 者 、 口 寄 せ 、 死 人 に 伺 い を 立 て る 者 が あ っ て は な ら な い 。
1 2 こ れ ら の こ と を 行 う 者 は み な 、 主 が 忌 み き ら わ れ る か ら で あ る 。 こ れ ら の 忌 み き ら う べ き こ と の た め に 、 あ な た の 神 、 主 は 、 あ な た の 前 か ら 、 彼 ら を 追 い 払 わ れ る 。
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外部リンク
RAPT | 「霊界」という奥義について。悪魔崇拝者たちは「霊界」の存在をひたすら我々一般庶民に隠してきました。
RAPT | 本当の自由とは。本当の幸福とは。悪魔の作った偽物の宗教に騙されないために幾つか知っておくべきこと。http://rapt-neo.com/?p=24624
RAPT | 悪魔を拝んで人生を破壊する生き方から、神様を拝んで人生を幸福にする生き方へ。http://rapt-neo.com/?p=26065