最高級霊シルバーバーチは大嘘を語る。

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フランス人霊視画家マルセル・ポンサンによるシルバーバーチの肖像画

 

私はスピリチュアル系の本は色々と読んだつもりでしたが、シルバーバーチという存在はよく知らずにいました。

このシルバーバーチという霊的存在は、スピリチュアル系の人たちの間では「高級霊の中で最上級の高級霊」、「高級霊団の最高指揮者」であるとかなり高い評価を得ているようです。

その最上級の高級霊のシルバーバーチは、インディアンの霊体を利用し、霊媒のモーリス・バーバネルを介して現れ、他の霊界通信で奥義とされてきた高次元の霊的知識・霊的情報を伝えることを使命とし、モーリス・バーバネルの著書『シルバーバーチの霊訓』は、スピリチュアリズムを主導するスピリチュアリズム・プロジェクトの司令官のイエスと高級霊インディアン、シルバーバーチの決意・願望・愛の思いを代弁したものだそうです。

・・・・・。

 

どうしてインディアンとキリスト教のイエス・キリストが「スピリチュアリズム・プロジェクト」なるものを行っているのですか。創造主ヤハウェは他の神に仕えたり、霊媒を訪れることを禁止しているのですが。

 

出エジプト記第20章1節~17節

十戒

神はこれらすべての言葉を告げられた。

「私は主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。

あなたは、わたしをおいてほかに神があってはならない。

あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。わたしは主、あなたの神。私は熱情の神である。私を否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える。

(聖書 新共同訳)

 

レビ記第26章1節

あ な た が た は 自 分 の た め に 偶 像 を 造 っ て は な ら な い 。 ま た 自 分 の た め に 刻 ん だ 像 や 石 の 柱 を 立 て て は な ら な い 。 あ な た が た の 地 に 石 像 を 立 て て 、 そ れ を 拝 ん で は な ら な い 。 わ た し が あ な た が た の 神 、 主 だ か ら で あ る 。

 

申命記第18章9節~12節

9 あ な た の 神 、 主 が あ な た に 与 え よ う と し て お ら れ る 地 に 入 っ た と き 、 あ な た は そ の 異 邦 の 民 の 忌 み き ら う べ き な ら わ し を ま ね て は な ら な い 。 1 0 あ な た の う ち に 自 分 の 息 子 、 娘 に 火 の 中 を 通 ら せ る 者 が あ っ て は な ら な い 。 占 い を す る 者 、 卜 者 、 ま じ な い 師 、 呪 術 者 、1 1 呪 文 を 唱 え る 者 、 霊 媒 を す る 者 、 口 寄 せ 、 死 人 に 伺 い を 立 て る 者 が あ っ て は な ら な い 。 1 2 こ れ ら の こ と を 行 う 者 は み な 、 主 が 忌 み き ら わ れ る か ら で あ る 。 こ れ ら の 忌 み き ら う べ き こ と の た め に 、 あ な た の 神 、 主 は 、 あ な た の 前 か ら 、 彼 ら を 追 い 払 わ れ る 。

 

新日本聖書刊行会. 旧約聖書 新改訳

 

創造主ヤハウェが禁止している霊媒を行うような「高級霊」と神の子イエス・キリストが協力してスピリチュアリズムに貢献しているのですか。もうこの時点で受け付けません。

以下は質問に対するシルバーバーチの答。

 

(『シルバーバーチの霊訓(一)』より引用)

 

問「心霊的能力の発達は人類進化の次の段階なのでしょうか。」

 

答「霊能者とか霊媒とよばれている人が進化の先駈けであることに疑問の余地はありません。進化の梯子の一段上を行く、いわば先遺隊です。そのうち心霊的能力が人間のあたりまえの能力の一部となる時代が来ます。地上人類はいま精神的発達の段階を通過しつつあるところです。この後には必然的に心霊的発達の段階が来ます。」

 

(転載ここまで)

 

誰もが霊媒や魔術を使って罪を犯すように仕向けようとしているのですか。そのようなことを習得しても悪霊が憑りついて離れなくなるだけだと思いますが・・・・・・。

 

シルバーバーチとは、モーリス・バーバネルという当時18歳の青年が、知人に誘われて参加した交霊会でトランス状態になった事がきっかけで現れた高級霊らしい。

 

(こちらより転載)

本書で初めて“シルバーバーチ”という名前を知った方のために、少しばかり解説しておく必要がありそうである。
シルバーバーチと名のる霊が無意識(トランス)状態のモーリス・バーバネルの口を使って初めてしゃべったのは一九二〇年のことで、当時バーバネルは十八歳、知人に誘われて交霊会に出席した時だった。自分では“うたた寝”をしたと思い込んで、目が覚めると慌てて“非礼”を詫びたが、出席者たちから「あなたは寝ていたのではない。シルバーバーチとか名のる霊があなたの口を借りてしゃべりましたよ。 あなたもいずれこうした交霊会を催すようになるそうです」と言われて、何のことやら、それこそキツネにつままれたような気持ちだったという。
が、それが間もなく現実となる。バーバネルは自宅でもトランス状態にさせられて、やはりシルバーバーチと名のる霊がしゃべるようになった。最初のうちは居合わせた者だけが聞く程度で、記録というものを一切遺さなかったが、ハンネン・スワッファーが出席し始めてからは日時を金曜日の夜七時と定め、速記録を取って霊言の抜粋を翌週の『サイキック・ニューズ』紙に掲載するようになり、それがまとめられて単行本として発行されるようになった。第一巻が出たのは一九三八年。ついでに言えば、その速記役を務-めたのは、この序文を書いたムーア氏とのちに結婚したフランシスで、テープに録音するようになってからも速記は続けられた。ある意味では、このフランシス・ムーア女史が隠れた最大の貢献者と言えよう。
シルバーバーチは、初めのうち自分は地上でアメリカ・インディアンだったと述べ、霊視能力を持った人の目には確かに叡知あふれるインディアンの顔が映りそれを描いたフランス人霊視画家マルセル・ポンサンによる肖像画がシルバーバーチその人という認識が固定し、シルバーバーチ自身も交霊会の初めと終わりに行なう神への祈りを「あなたの僕インディアンの祈りを捧げます」という言葉で締めくくっていたが、ある時期から、つまり正しい霊的知識が十分に行き届いたとみた段階で、実は自分はインディアンではない――三千年前に地上で生活したことがあるが、長い長い生命の旅の末に、もうすぐ地上圏に別れを告げて二度と地上に戻れない階層へ旅立つところまで到達した、言わば「古い霊」であると告白した。しかし、地上時代の姓名・民族・国籍・地位などの個人的なことは、ついに述べずに終わった。
(転載ここまで)

 

私は嘘をついていましたという事ですか?

インディアンであると言ったらおかしいと思う人が現れると後で気が付いて途中で訂正したのでしょうか。

そのまま他の神に捧げる祈りをしていられたら良かったのでしょうけどね。

どうしてインディアンの霊媒と、キリスト教のイエス・キリストの異教徒同士が、共にスピリチュアリズムという言い方でごまかしたサタニズムの教理を伝えたりするものですか・・・

 

(『シルバーバーチの霊訓(一)』より引用)

 

シルバーバーチについてスワッハーはこう述べている。「シルバーバーチは実はインディアンではない。一体誰なのか、本当のところは分からない。本来属する界は波長が高すぎて地上とは直接の交信が不可能であるために低い界の霊(霊界の霊媒)の幽体を使用している。シルバーバーチと名乗るインディアンはたぶんその幽体の持ち主であろう。その証拠に彼はこう言っているのである。

‟いずれ身元を明かす日も来ることでしょう。私は仰々しい名前を使うことによって敬愛を受けたくはありません。私が語る心理によって私の真価を証明するためにあえて素朴なインディアンに身をやつしております。それが自然の理というものなのです” と。

(引用ここまで)

 

左:モーリス・バーバネル 右:スワッハー(ジャーナリスト)

 

そうですか。最高級霊様は大変ですね。この低い波動の人間どもを相手に、大したメッセージをどうもお世話様です。

なぜよりによってインディアンなのでしょうね。天使などに協力してもらってもよかったのでは。

シルバーバーチがインディアンとして地球上で生きたことがあるからですか。嘘に決まっていると思いますけど。

 

結局身元を明かすことはなかったらしい。いずれ明かされる時が来るなどと言って明かさず消える。スピ系、カルトなどによくある詐欺です。

高級霊に名前は意味がないと言って自分の正体を隠しておきながら、イエス・キリストの名前を利用して嘘を広めようとしている悪霊としか思えません。

スピリチュアル系ではよくある事ですが。

イエス・キリストについて出鱈目な話を語って売っているスピリチュアル系の本は沢山あります。

たいして信仰も無い人や、なぜこの人が選ばれたのか分からなというような人が「イエス・キリストをチャネリングした」と言い、その霊がイエス・キリストやキリスト教を批判していたり、本当は宗教など要らないとか、新しい宗教が必要だとか、聖書に書かれている事は一切気にしなくていい、何をしようとあなたの自由だなどと言って、人々を堕落させて地獄に陥れます。

結局は、そんな嘘で生活をしているスピリチュアル系が物質的に豊かになるだけです。(彼らが人生を終える頃にはどうなるのか分かりませんが・・・)

 

それとバーバネルがシルバーバーチのチャネルになる事は、彼が生まれる前から決まっていた事なのだそうです。

 

こちらより転載)

 

こうした一般的な霊界通信とは異なり、シルバーバーチの霊界通信のプロセスは遥かに複雑であるため、想像を絶する困難な状況が発生するようになります。シルバーバーチの霊界通信では、地上に通信を送るについてのさまざまな困難を克服するために、膨大なエネルギーと時間を費やして周到な準備がなされました。

霊界サイドではまず、霊界の霊媒役として“レッドインディアン霊”を選び出し、徹底して地上の言語(英語)を習得させました。また地上の霊媒となる霊(*地上に再生して“バーバネル”と名乗ることになる霊)も選び出し、“専属霊媒”として育てることを決定しました。そしてその霊が地上に再生(誕生)する時を注意深く見守り、誕生後はずっと背後から働きかけ導いていきました。霊媒(バーバネル)のクセや思考の特徴を徹底してマスターし、霊界の霊媒と地上の霊媒が一体化するまでに導いていったのです。さらにバーバネルの睡眠中には、繰り返しリハーサルも行いました。同時に霊界では、霊界通信を遂行するための霊団を形成し、揺るぎない協力体制を着々とつくり上げていきました。こうして霊界サイドにおいてありとあらゆる準備がなされ、時期が至って地上世界に向けて通信が開始されることになりました。それが1920年代だったのです。

これほどまでに綿密な準備を重ねながらもシルバーバーチ霊は、最初の頃はまだぎこちない片言の英語を語ること霊界と地上の霊媒を使ってメッセージを伝えること)しかできませんでしたが、時が進むにつれてその英語はどんどん上達していき、やがてネイティブが驚嘆するほどの達人レベルにまで至ることになりました。

(転載ここまで)

 

そうですか。そんな嘘をつくために随分とご苦労なされたのですね。

よく思いつきましたね、そんな嘘が。そうして最後は他の神を拝ませるのですよね。

 

『シルバーバーチの霊訓』という本はスピリチュアル系では最高の霊界通信であると大絶賛のようです。

 

 

「自分が見出した真理が正しかったことが裏付けられ、これまでの自身の経験の意味を改めて理解でき、感動した」。と一時はTV 番組の企画で問題を起こし、TV から姿を消し、自分が太っているのを「憑依体質」のせいにしながら単品ダイエットなどで(古い)激やせしたとの噂もあったがなぜか最近再び現れ始めた江原啓之も愛読しているようです。

 

外部リンク

 RAPT×読者対談〈第85弾〉江原啓之・美輪明宏から始まったスピリチャルブームもすべてはルシファー信仰。http://rapt-neo.com/?p=37128

 

江原啓之さんはフジの27時間テレビで何をしたのですか?|Yahoo!知恵袋https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1414404739

 

 

こちらより抜粋)

,

『シルバーバーチの霊訓』の特色

『シルバーバーチの霊訓』は、霊界主導の地球人類救済計画であるスピリチュアリズム運動の中で“最高の霊界通信”として、また“スピリチュアリズム思想の集大成”として登場しました。こうした背景があって『シルバーバーチの霊訓』は、スピリチュアリズムに関わるすべての霊界通信の中で文句なしに最頂点に立っています。

 

『シルバーバーチの霊訓』がスピリチュアリズムの最高峰であるとするなら当然、それは通信内容によって証明されなければなりません。示された霊的知識・霊的情報が、スケール・深さ・真実性など、どの点から見ても他の霊界通信よりも卓越していなければなりません。実際に『シルバーバーチの霊訓』を他の霊界通信や宗教思想と比較してみれば、その卓越性は誰の目にも明らかです。通信内容はあらゆるテーマに及び、そこで説かれている霊的知識のスケール・深さ・正確さは、いずれも画期的なものばかりです。

 

とあちこちで絶賛されているようですが、

 

シルバーバーチの霊訓』は、スピリチュアリズムを主導するイエスと高級霊の決意・願望・愛の思いを代弁したものであり地球人類の「霊的成長」と「魂の救い」を最終目的としています。“すべての地球人類に霊的成長の道を歩ませたい”と願うイエスと高級霊の思いが、『シルバーバーチの霊訓』の中心を貫いています。『シルバーバーチの霊訓』ほど地球人類の「霊的成長」を重要視し、その目的に徹して教えを説いている霊界通信は他にはありません。「霊的成長」を強調するという点こそが、『シルバーバーチの霊訓』の特色なのです。

 

スピリチュアリズムを主導するイエスと高級霊の強い思いが、『シルバーバーチの霊訓』全体を貫いています。どの部分にも、地上人の「霊的成長」と「魂の救い」を願うイエスと高級霊の心情・愛情が示されています。『シルバーバーチの霊訓』の“中心軸”とは、イエスの地球人類に対する深い愛の思いなのです。

 

 

イエス・キリストがスピリチュアリズムになど関わっているものですか。

「高級霊が人間に接触してくる事は滅多になく、霊界通信の殆どは低級なもの」だそうで、

だから低級霊や偽物には十分気を付けなければいけない、低級霊を高級霊をきちんと見分けなければならない、と警告しています。

 

(こちらより転載)

こうしたニセの霊界通信(チャネリング)を本物だと思い込み、まんまと騙されるのは、それを受ける人間に霊的知識が乏しいからです。「霊的無知」のために本物を見抜く力がないのです。

 

霊界通信では、時に“低級霊”が身元を偽って通信を送ってくることがあります。地上人をからかったり騙したりするために、意図的に高級霊を装って通信を送るのです。霊的知識の乏しい地上人は、そのニセの霊界通信を本物と信じ込み、霊界からのありがたいメッセージ・啓示・お告げとして受け入れてしまいます。

(転載ここまで)

 

霊的通信の中で、神や宇宙人を装った霊は低級霊だと言われているようですが、チャネリングを通して現れた霊は、低級も高級もなく皆悪霊の嘘だと思います。

チャネリングというのは悪霊がその霊媒となる人物に降りてくることです。

それで未来から来た宇宙人だと言うバシャールは偽物だと言う人が何人かいるようですが、別にバシャールもシルバーバーチも同じところから来てるのではないのかと思うのですが。

それに、バシャールはシルバーバーチもセスもエイブラハム(エスター・ヒックスというアメリカ人がチャネリングをした霊体)も皆同じレベルの仲間だと言っていますし、最高級霊シルバーバーチも宇宙人は存在していると語っているようです。自分は宇宙人だと言うチャネルは偽物だと言い、宇宙人の存在は肯定するらしい。

 

キリスト教の批判、チャネリング、宇宙人、法則、輪廻転生・・・シルバーバーチもニューエイジそのものです。

セス(作家ジェーン・ロバーツを霊媒として現れた身体を持たない存在、主に70年代に活躍した)はニューエイジの原点と言われているようですが、セスはウィジャボードを通して現れた存在です。

セスはそれからジェーン・ロバーツに憑りつき、チャネリングを通して語り始め、ESPクラスも開催していたようですが、セスは高級霊なのでしょうか。

関連画像 「seth jane roberts セスは語る」の画像検索結果

 

良いチャネリングと悪いチャネリングがあるのでしょうか。同じだと思います。

皆都合の良いことを言って嘘をつき、結局は地獄に送り込む悪霊たちです。善良な霊はいないと思います。

善い霊と、悪い霊があるとか、低級霊と高級霊がいると言う区別はありません。

 

「Scariest Ouija Board Demon ZOZO Possessed Girl|YouTube」の画像検索結果
ウィジャボードから現れる霊はZOZOと呼ばれている。セスの正体はZOZOなのでしょうか。

 

高級霊は自分の名前は素性を明かすことを「意味がない」などと言って拒むそうですが、

私はシルバーバーチが、「ただ私の言行を通じてのみ、人々から判断していただきたい」と言いながら、結局はイエス・キリストという有名な名前を利用しているサタンのようにしか見えません。

 

こちらより転載)

わたしがコンタクトした高次元の存在は、ほとんどが名前を名乗りません。
「こちらでは名前など意味を持たない」と、言われました。
名前ではない他の部分で、相手を判断するからなのでしょう。
こちらから聞きもしないのに、自分は~だと偉そうに名乗ったら、
その権威を利用して、信じ込ませようとする罠かもしれません。

(転載ここまで)

 

こちらより転載)

 

「私は荒野に呼ばわる声です。の使徒以外の何者でもありません。私が誰であるかということが一体何の意味があるのでしょう。私がどの程度の霊であるかは私のやっていることで判断していただきたい。私の言葉が、私の誠意が、私の判断が、要するにあなた方人間世界における私の仕事が 暗闇に迷える人々の心の灯となり慰めとなったら、それだけで私はしあわせなのです。」(P.14)

(中略)

シルバーバーチは本当は何者なのか? 分からないとなると知りたくなるのが人情というもの(^^;。事実、翻訳されている霊言集の中でも、サークルのメンバー から何度も質問されています。しかし、初めての出現から霊媒の死までの60年間、 とうとう一度も自分の地上時代の名前をあかしませんでした。
「名前ぐらい言えばいいじゃないか。」….そう思う人もいるかもしれません。 しかし、本名をあかさないということにも、実は重要な意味があるのです。

少しだけ考えてみて下さい。もしもシルバーバーチの正体が….
……歴史上の著名人だったとしたら、その言葉に箔が付くのでしょうか?
……無名の人物だとしたら、その言葉のありがたみは減じるのでしょうか?

歴史上の人物の名前を騙る霊言集が、ちまたに氾濫しています。が、本当に進化した霊であれば、霊的な学びの段階でいえばせいぜい幼稚園レベルのこの世での名前など、名乗る気にもならない(と言うより、恥ずかしくて名乗れない?)というのが本当の所でしょう(←近藤千雄さんの本からのウケウリ。(^_^;ゞ)
それに、「あの有名な○○の霊が仰せられたことだから….」などという幼稚 な権威主義は、真理とはもっとも遠いものだと思います。
ですから、地上時代の名前を名乗る霊は、まだまだこの世の人間のレベルに留まっている程度の存在だということなのです。

(転載ここまで)

 

高級霊は人間を見下して馬鹿にしているのでしょうか。

それでいて「霊格があまりにも高く、思いやりと愛に溢れている存在」ですか。

あなた達みたいなせいぜい幼稚園レベルの人間に霊的な知識を教えるのは苦痛で、名前も名乗る事すら恥ずかしくていやだけど、この愛と霊格の高い高級霊が、正体なんか明かしてやらないけど、伝えるところは伝えてやるという事でしょうか。

(でもイエス・キリストなどの聖人の名前はよく挙げますね・・・よく知っている仲間のフリをして)

 

私がどの程度の霊であるかは私のやっていることで判断していただきたい。私の言葉が、私の誠意が、私の判断が、要するにあなた方人間世界における私の仕事が 暗闇に迷える人々の心の灯となり慰めとなったら、それだけで私はしあわせなのです。」

 

私はシルバーバーチの話など全く信用できませんけど・・・・・・。

何が愛に溢れて高級なのかわかりません。悪魔としか思えません。

 

(こちらより転載)

私のことをいつもマウスピース(代弁者)としてお考えください。地上に根づこうとしている霊力、刻一刻と力を増しつつある霊の声を代弁しているにすぎません。」(P.14)

シルバーバーチの特徴の一つに「謙虚さ」が有ります。自分への称讃は、決して受けようとはしません。自分への感謝の言葉にも必ず、感謝は自分にではなく大霊(神のこと)にするように求めます。
シルバーバーチへの感謝が、いつしか崇拝に変わり、メッセージが二の次になってしまう恐れがあるというのです。

(転載ここまで)

 

自分への称賛も感謝も求めず、感謝は自分にではなく 大霊にするようにと求めるそうですが、その大霊とはサタンでなければいいのですが。というか、創造主ヤハウェではなかったら何者なのですか。

シルバーバーチの言葉には思いやりが溢れていると語る人もいますけど、誰でも言えるような良いことを言っているだけではないのでしょうか。

 

「私は一介の神の僕(しもべ)に過ぎません。今まさに黎明を迎えんとしている新しい世界の一役を担うものとして、これまで忘れ去られてきた霊的法則を蘇らせるために私を地上へ遣わした一団の【通訳】にすぎません。」

 

と語っていますが、その一団とは地上へ遣わした悪魔教の一団ではないのですか。悪魔は大嫌いな人間の称賛など受けようとも思いません。それで「私に親しく感謝するよりサタンを崇拝しろ」と言うことでは。

大霊に感謝、崇拝して下さいとのことですが、なぜ大霊と呼ぶのでしょうか。

イエス・キリストは創造主ヤハウェ以外の神は信じません。イエス・キリストと行動を共にしているそうですが、神を創造主ヤハウェとは言わないようです。

 

(『シルバーバーチの霊訓(一)』41pより引用)

 

霊は全ての存在物質を形成する基本てい素材であるが故に永続性があります。人間という形態によって表現されている生命力は、小鳥、動物、魚類、樹木、草花、果実、野菜等に表現されている者と同じ生命力なのです。いかなる形体にせよ、生命のあるところには必ず霊が働いております。

自覚の程度、意識の程度にはさまざまな断崖があります。霊の表現形態は無限だからです。無限なるものに制限を加えるわけには参りません。その生命の背後の力をあなた方は ” 神 ” と呼び、私は ” 大霊 ” とよびます。それは全ての霊の極致であり厳選であり頂上であるからです。いかなる形態を取ろうと、創造者たるその大霊の表現であることに変りありません。

(*シルバーバーチにはこの ” 大霊 ” Great Spirit の他に ” 白色大霊 ” Great White Spirit というよび方をします。白色とは実は無色と移を意味しているのですが、やはり ” 神 ” God という言い方もよくしますので本書では特殊な場合を除いてこの ” 神 ” に統一しました。―訳者)

(引用ここまで)

 

(『シルバーの霊訓(三)』190p~より引用)

 

—神は完全無欠ですか。

 

「あなたのおっしゃる神が何を意味するかが問題です。私にとって神々は永久不変にして全地全能の摂理としての宇宙の大霊です。私はその摂理にいかなる不完全さも欠陥も不備も見つけたことがありません。原因と結果の連鎖関係が完璧です。この複雑を極めた宇宙の生命活動のあらゆる側面において完璧な配慮が行きわたっております。

(中略)

私にとって神とは法則であり、法則がすなわち神です。ただ、あなたがたは不完全な物質の世界に生活しておられるという事です」

 

—お聞きしている神が一個の存在でなくなっていくように思えます。独立した存在としての神はいるのでしょうか。

 

まっ白な豪華な玉座に腰かけた人間の姿をした神はいません。神とは一個の身体を具えた存在ではありません。法則です

 

 

—宇宙のすみずみにまで神が存在するのと同じように、われわれ一人一人にも神が宿っているとおっしゃるわけですか。

 

「私の言う神は、全創造物に顕現されている霊の総体を離れて存在することはできません。残念ながら西洋世界の人は今もって人類の想像をエデンの園(アダムとイブの物語)と似たような概念で想像します。実際はそれとはまったく異なるのです。宇宙の進化は無窮の過去から無窮の未来へ向けて延々を続いております。かつて何も無かったところへ突如として宇宙が出現したのではありません。宇宙はつねにどこかに存在します。生命は何らかの形態で常に顕現してました。そしてこれからも何らかの形で永遠に存在し続けます」

(転載ここまで)

 

シルバーバーチは創造主ヤハウェの事は否定しているようです。

創造主ヤハウェを唯一神とするキリスト教のイエス・キリストと、汎神論を唱える3000年前のインディアンの霊媒を通して現れる最高級霊が、共にスピリチュアリズム・プロジェクトに取り組んでいるのですか。それは素晴らしいですね。誰が納得するのですか。

Wikipediaより転載)

汎神論

汎神論(はんしんろん)とは、神と宇宙、または神と自然とは同一であるとみなす哲学的・宗教的立場である。万有神論、汎神教とも。古代インドのヴェーダとウパニシャッド哲学、ソクラテス以前のギリシア思想、近代においては、スピノザゲーテシェリング等の思想がこれに属する。

汎神論においては、一切のものは神の顕現であるとされる。あるいは世界における神の内在や遍在が強調される。一切のものと神とを一元論的に理解しようとする汎神論においては、理論上、神は非人格的原理としてのそれである場合が多いが、人格神を立てる有神論的宗教の理論的思弁や神秘主義、あるいは祭祀上の習合からも汎神論的傾向が生じる。汎神論は歴史上それ自体として存立したものではなく、さまざまな宗教のなかにみられる一定の傾向であり[3]、汎神論的態度は古代・中世にもあったが、ヨーロッパで頻出するようになるのは16世紀以降である

英語の pantheism (パンセイズム)は、ギリシア語の pan(全て)と theos(神)の合成語で、文字どおり「全ては神」で「神は全て」を意味する。つまり神と一切万物(または宇宙・世界・自然)とが同一であるとする思想であるが、一口に汎神論といってもさまざまな形態がある。一方では「神が全てである」ことを強調する無宇宙論 (acosmism) があり、他方では「森羅万象が神である」ことを強調する汎宇宙論 (pancosmism) がある。後者の立場は一種の唯物論に通じ、神の非人格性が顕著であるため無神論的とされる場合がある。ドイツの哲学者K・C・F・クラウゼは、万物を神の内包と捉える万有在神論 (panentheism) を主張した

(転載ここまで)

キリスト教では他の神々に仕えることは聖書で禁じられている事で罪に当たるのですが、イエス・キリストは創造主ヤハウェを裏切って、そのシルバーバーチというインディアンのおじさんの方を選んで罪を犯しているという事でしょうか。馬鹿馬鹿しい・・・・・・。

 

(『シルバーの霊訓(三)』105p~より引用)

 

—イエスの誕生にまつわる話、つまり星と三人の賢者の話(マタイ2)はどこまでが真実でしょうか。

 

どれ一つ真実ではありませんイエスは普通の子と同じように誕生しました。その話は全て作り話です

 

—三人の賢者はそれきり聖書の中に出てこないのでどうなったのだろうと思っておりました。

 

「カルデア、アッシリヤ、バビロニア、インド等の伝説からその話を借用したまでのことで、それだけで用事は終ったのです。そのあと続けて出てくる必要がなかったということです。よく銘記しておかねばならないことは、イエスを神の座に祭り上げるためには、まわりを畏れ多い話や超自然的な出来ごとで固めねばならなかったということです。当時の民衆はふつうの平凡な話では感動しなかったのです。神も(普遍的なものでなく)一個の特別な神であらねばならず、その神にふさわしいセット(舞台装置)をしつらえるために、世界のあらゆる神話や伝説の類が搔き集められたのです」

 

(引用ここまで)

 

マタイによる福音書第2章1節~12節

占 星 術 の 学 者 た ち が 訪 れ る

1 イ エ ス は 、 ヘ ロ デ 王 の 時 代 に ユ ダ ヤ の ベ ツ レ ヘ ム で お 生 ま れ に な っ た 。 そ の と き 、 占 星 術 の 学 者 た ち が 東 の 方 か ら エ ル サ レ ム に 来 て 、 2 言 っ た 。 「 ユ ダ ヤ 人 の 王 と し て お 生 ま れ に な っ た 方 は 、 ど こ に お ら れ ま す か 。 わ た し た ち は 東 方 で そ の 方 の 星 を 見 た の で 、 拝 み に 来 た の で す 。 」 3 こ れ を 聞 い て 、 ヘ ロ デ 王 は 不 安 を 抱 い た 。 エ ル サ レ ム の 人 々 も 皆 、 同 様 で あ っ た 。 4 王 は 民 の 祭 司 長 た ち や 律 法 学 者 た ち を 皆 集 め て 、 メ シ ア は ど こ に 生 ま れ る こ と に な っ て い る の か と 問 い た だ し た 。

5 彼 ら は 言 っ た 。 「 ユ ダ ヤ の ベ ツ レ ヘ ム で す 。 預 言 者 が こ う 書 い て い ま す 。6 『 ユ ダ の 地 、 ベ ツ レ ヘ ム よ 、 お 前 は ユ ダ の 指 導 者 た ち の 中 で 決 し て い ち ば ん 小 さ い も の で は な い 。 お 前 か ら 指 導 者 が 現 れ 、わ た し の 民 イ ス ラ エ ル の 牧 者 と な る か ら で あ る 。 』 」

7 そ こ で 、 ヘ ロ デ は 占 星 術 の 学 者 た ち を ひ そ か に 呼 び 寄 せ 、 星 の 現 れ た 時 期 を 確 か め た 。 8 そ し て 、 「 行 っ て 、 そ の 子 の こ と を 詳 し く 調 べ 、 見 つ か っ た ら 知 ら せ て く れ 。 わ た し も 行 っ て 拝 も う 」 と 言 っ て ベ ツ レ ヘ ム へ 送 り 出 し た 。 9 彼 ら が 王 の 言 葉 を 聞 い て 出 か け る と 、 東 方 で 見 た 星 が 先 立 っ て 進 み 、 つ い に 幼 子 の い る 場 所 の 上 に 止 ま っ た 。 1 0 学 者 た ち は そ の 星 を 見 て 喜 び に あ ふ れ た 。 1 1 家 に 入 っ て み る と 、 幼 子 は 母 マ リ ア と 共 にお ら れ た 。 彼 ら は ひ れ 伏 し て 幼 子 を 拝 み 、 宝 の 箱 を 開 け て 、 黄 金 、 乳 香 、 没 薬 を 贈 り 物 と し て 献 げ た 。 1 2 と こ ろ が 、 「 ヘ ロ デ の と こ ろ へ 帰 る な 」 と 夢 で お 告 げ が あ っ た の で 、 別 の 道 を 通 っ て 自 分 た ち の 国 へ 帰 っ て 行 っ た 。

 

Fichier:Matthias stom the adoration of the magi.jpg
こちらより転載

 

スピリチュアル系の本というのは、必ずこのようにイエスの真実と言っては作り話を語り、聖書の内容を否定します。

そして人によりそれぞれ言っている事が違います。

 

(こちらより転載)

霊界を挙げてのスピリチュアリズム・プロジェクトの司令官がイエスであることを明らかにし、「イエスに会うことが最大の喜びである」と述べています。しかし、そのシルバーバーチ自身が、「イエスを信仰の対象としてはならない」と厳しく戒めています。崇拝の念は“神”にのみ向けるべきであり、イエスではないと強調しています。

(転載ここまで)

 

悪魔崇拝の神を信仰の対象とせよと言っているのでは。

神、聖霊、御子(イエス・キリスト)の三位一体を崇拝しないのですか。

 

 

悪魔を拝んで人生を破壊する生き方から、神様を拝んで人生を幸福にする生き方へ。http://rapt-neo.com/?p=26065より転載)

 

神は自分のかたちに人を創造された……つまり、「神様」も人間と同じ形をしているということですね。

しかも、神様は自分のことを「我々」と言っています。ということは、神様は一人だけではないということです。

まあ、これは分かり切ったことですね。神様は「三位一体」の神様である、とよく言われますが、神様は実は三人いるのです。

で、この三人とは当然、「神」と「聖霊」と「御子」のことです。

しかし、この世のクリスチャンたちの大半が「神」も「聖霊」も、人間と同じ形をしているとは思っていません。

(中略)

悪魔崇拝者たちは、自分たちの作った神話の中に「父」「母」「子」の三位一体の神を必ず登場させます。以下の画像を見ての通り、エジプトの神話もやはりそうです。

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このエジプトの太陽信仰が悪魔教であることはもう既に分かりきったことですが、悪魔崇拝者たちは悪魔を拝んでいることを隠すために、このような聖書に似た「神話」を作り、自分たちがこの「神話」の神様を拝んでいる振りをしてきました。

「天皇家」が実際は悪魔を拝んでいながら、「天照大神」を拝んでいるかのように装ってきたのと同じことです。

(転載ここまで)

 

この高級霊シルバーバーチという存在はどこでも別格扱いのようですが、何がそんなに違うのかわかりません。ニューエイジにキリスト教を齧って混ぜたようなものだと思うのですが。

 

「高級霊からの通信・メッセージは、ただ内容が素晴らしいというだけでなく、その文体が素朴でありながら威厳に満ちています。低級霊・未熟霊になると、やたらに立派そうな派手な用語を用いながらも、訴える力がこもっていません。」(こちらより転載)

 

と語っていますが、私はシルバーバーチの言葉などに力がこもっていると思えませんし、ちっとも素晴らしいと思えません。

シルバーバーチはそんな高級霊である自分への感謝がいつしか崇拝に変わってしまうのを恐れているとのことですが、

私はこんな、なんだかこ汚い大嘘のオジサンを崇拝する気になどなりませんけど(インディアンに対する差別ではありません)。大霊とだとか法則だとかいう存在も信じる事が出来ません。

 

シルバーバーチ

 

イエス・キリスト

 

そうするとそちら側の人たちが「イエス・キリストなんかは本当はもっとこんな姿だよ」とでも言いそうですが。

イエスは聖書に書かれてあるような人物ではないとか、絵に良く書かれてあるような姿ではないとか、スピリチュアル系の人たちは実際にあちこちでそんな話をしています。ニュースなどでもありますが・・・

関連画像
Image captionBBCドキュメンタリー「神の子」のために作られたCG画像

こちらより転載)

2001年のBBCドキュメンタリー「神の子」では、法医学人類学者リチャード・ニーブ氏がガリラヤ地方の男性の顔を、実際に同地方で発見された頭蓋骨をもとに再現してみせた。これがイエスの顔だと言ったわけではない。単に、イエスは特定の時代と場所に生きた人物だったことを、視聴者に考えてもらうきっかけにするのがねらいだった。イエスは特徴的な外見をしていたという記載は、文献に特にないので。

(転載ここまで)

 

こんな事を言ったら、スピリチュアル系の誰かが「シルバーバーチは実はこんな美しい姿の霊だった!」「さすがは最高級霊の姿は違う」とか言い始めそうですけど。どーでもいいです。嘘ばっかり。

 

こちらより転載)

イエスの少年時代

https://blog.goo.ne.jp/chiririn9683/e/81df4f6eabcf90d281c3b2bf34969e63

「たとえあのナザレのイエスが今この地上に戻って来たとしても、たぶん地上でもっとも評判の悪い人間となるでしょう。特にイエスを信奉し師と崇めるキリスト教徒から一ばん嫌われることでしょう。」『シルバーバーチの霊訓3』

『霊界通信 イエスの少年時代』という本を読んでます。この本のイエス大好き!!キリスト教のイエス像って、なんだかなあ。
ビジュアルがあまりにも女性向けだし、母親は聖母だし、美しい青年の出生には不思議が満ちあふれ、奇蹟を次々を起こして神の言葉を語り、迫害されて磔刑なんて、なんかドラマだわ。デコりすぎ。

この本のイエスは、劣等生の極みなの。
放浪ばかりするから、家族にも疎まれるし、学校でも居眠りばかりしてるし、友達には苛められてるし、先生や周囲には馬鹿扱いされるし、手先も不器用で家業の大工仕事も上手くない。弟のトマスがハンサムで超体格いいのに、イエスは貧弱で浅黒くいつもオドオドしている。
おまけに父のヨセフは単純な男で、イエスを嫌う偉い方の指示で、イエスを棒でぶちのめすばかりしているの。

イエスは、俗世の才能で民衆を引きつけることなく、唯一 霊力で奇蹟を起こし、霊的真理を語ることで人々の魂を救い続けたの。
どこまでも霊的な人だったんだ。

シルバーバーチだって奇蹟や証拠に訴えることなく、自分の素性も明かさず、霊的真理だけをひたすら述べているの。
「さらに私は、地上時代の姓名を絶対に明かさないという重荷を自ら背負いました。仰々しい名前や称号や地位、名声は持ち出さず、私が述べることと態度で私という存在を判断してもらいたいと思ったのです。」『シルバーバーチは語る』

高級霊になればなるほど、世俗的に価値があるものを携えないはずだと確信。
もし、才能をいっぱい持って産まれてきても、きっとひけらかすことなどしないだろうな。
特に霊的真理を普及させる天命を持った人は。
そう思わせる一冊です。


出典先
イエス・キリストの姿を再現したのは、元マンチェスター大学の研究者で医療アーティストのリチャード・ニーブ(Richard Neave)。彼は犯罪捜査などで使われるフォレンジック技術という技術を使用して、骨格の再現をおこなった。
しかし、イエス・キリストの遺体は現存していないため、イエスが住んでいた当時のイスラエル・ガリラヤ地域に住んでいた複数のユダヤ人の頭蓋骨を元に、コンピューターを使用して平均的な骨格を導き出したのである。
イエスが30歳頃まで大工として野外で仕事に従事していた経歴、聖書学者の意見などを集め、法医学と考古学的証拠を元にその容姿を再現。
その結果、本当のイエス・キリストの容姿は、広い顔と薄茶色の瞳を持った容姿。短い巻き毛に髭を生やした浅黒い見た目だったという。また身長は約150センチほどだったとみられている。

これが本当のイエスらしい・・・・わおっ

(転載ここまで)
スピリチュアル好きは聖書を読まない。それか読んだこともない。そして霊能力者やカルトのいうことを真に受ける。
父のヨセフは息子のイエスを棒でぶちのめしていたのですか。笑 ヨセフによく神様の裁きが下らなかったものです。そんな話は聖書のどこにも書いていませんけど。

ルカによる福音書第2章41節~52節

神 殿 で の 少 年 イ エ ス

4 1 さ て 、 両 親 は 過 越 祭 に は 毎 年 エ ル サ レ ム へ 旅 を し た 。 4 2 イ エ スが 十 二 歳 に な っ た と き も 、 両 親 は 祭 り の 慣 習 に 従 っ て 都 に 上 っ た 。 4 3 祭 り の 期 間 が 終 わ っ て 帰 路 に つ い た と き 、 少 年 イ エ ス は エ ル サ レ ム に 残 っ て お ら れ た が 、 両 親 は そ れ に 気 づ か な か っ た 。 4 4 イ エ ス が 道 連 れ の 中 に い る も の と 思 い 、 一 日 分 の 道 の り を 行 っ て し ま い 、 そ れ か ら 、 親 類 や 知 人 の 間 を 捜 し 回 っ た が 、 4 5 見 つ か ら な か っ た の で 、 捜 し な が ら エ ル サ レ ム に 引 き 返 し た 。 4 6 三 日 の 後 、 イ エ ス が 神 殿 の 境 内 で 学 者 た ち の 真 ん 中 に 座 り 、 話 を 聞 い た り 質 問 し た り し て お ら れ る の を 見 つ け た 。 4 7 聞 い て い る 人 は 皆 、 イ エ ス の 賢 い 受 け 答 え に 驚 い て い た 。 4 8 両 親 は イ エ ス を 見 て 驚 き 、 母 が 言 っ た 。 「 な ぜ こ ん な こ と を し て く れ た の で す 。 御 覧 な さ い 。 お 父 さ ん も わ た し も 心 配 し て 捜 し て い た の で す 。 」 4 9 す る と 、 イ エ ス は 言 わ れ た 。 「 ど う し てわ た し を 捜 し た の で す か 。 わ た し が 自 分 の 父 の 家 に い る の は 当 た り 前 だ と い う こ と を 、 知 ら な か っ た の で す か 。 」 5 0 し か し 、 両 親 に は イ エ ス の 言 葉 の 意 味 が 分 か ら な か っ た 。 5 1 そ れ か ら 、 イ エ ス は 一 緒 に 下 っ て 行 き 、 ナ ザ レ に 帰 り 、 両 親 に 仕 え て お 暮 ら し に な っ た 。 母 は こ れ ら の こ と を す べ て 心 に 納 め て い た 。 5 2 イ エ ス は 知 恵 が 増 し 、 背 丈 も 伸 び 、 神 と 人 と に 愛 さ れ た 。

 

マタイによる福音書第12章46節

イ エ ス の 母 、 兄 弟 ( マ コ 3 3 1 ― 3 5 、 ル カ 8 1 9 ― 2 1 )

4 6 イ エ ス が な お 群 衆 に 話 し て お ら れ る と き 、 そ の 母 と 兄 弟 た ち が 、 話 し た い こ と が あ っ て 外 に 立 っ て い た 。 4 7 そ こ で 、 あ る 人 が イ エ ス に 、 「 御 覧 な さ い 。 母 上 と 御 兄 弟 た ち が 、 お 話 し し た い と 外 に 立 っ て お ら れ ま す 」 と 言 っ た 。 4 8 し か し 、 イ エ ス は そ の 人 に お 答 え に な っ た 。 「 わ た し の 母 と は だ れ か 。 わ た しの 兄 弟 と は だ れ か 。 」 4 9 そ し て 、 弟 子 た ち の 方 を 指 し て 言 わ れ た 。 「 見 な さ い 。 こ こ に わ た し の 母 、 わ た し の 兄 弟 が い る 。 5 0 だ れ で も 、 わ た し の 天 の 父 の 御 心 を 行 う 人 が 、 わ た し の 兄 弟 、 姉 妹 、 ま た 母 で あ る 。 」

そんな「劣等生の極みの、オドオドした、虐められてばかりいる弟よりさえなくて才能のない」イエス・キリストが 「俗世の才能で民衆を引きつけることなく、唯一 霊力で奇蹟を起こし、霊的真理を語ることで人々の魂を救い続けた」のですか😒・・・・・・。
スピリチュアル系好きの方々は、そのような情報拡散は聖書を読んでからにして下さい・・・・・・。聖霊を冒涜するような真似をしてどうなっても知りません・・・・・。
ハンサムな弟のトマスって誰でしょうか。トマスという名前は聖書には書いてありません。

マタイによる福音書第13章53節~58節

ナ ザ レ で 受 け 入 れ ら れ な い ( マ コ 6 1 ― 6 、 ル カ 4 1 6 ― 3 0 )

5 3 イ エ ス は こ れ ら の た と え を 語 り 終 え る と 、 そ こ を 去 り 、 5 4 故 郷 に お 帰 り に な っ た 。 会 堂 で 教 え て お ら れ る と 、 人 々 は 驚 い て 言 っ た 。 「 こ の 人 は 、 こ の よ う な 知 恵 と 奇 跡 を 行 う 力 を ど こ か ら 得 た の だ ろ う 。 5 5 こ の 人 は 大 工 の 息 子 で は な い か 。 母 親 は マ リ ア と い い 、 兄 弟 は ヤ コ ブ 、 ヨ セ フ 、 シ モ ン 、 ユ ダ で は な い か 。 5 6 姉 妹 た ち は 皆 、 我 々 と 一 緒 に 住 ん で い る で は な い か 。こ の 人 は こ ん な こ と を す べ て 、 い っ た い ど こ か ら 得 た の だ ろ う 。 」 5 7 こ の よ う に 、 人 々 は イ エ ス に つ ま ず い た 。 イ エ ス は 、 「 預 言 者 が 敬 わ れ な い の は 、 そ の 故 郷 、 家 族 の 間 だ け で あ る 」 と 言 い 、 5 8 人 々 が 不 信 仰 だ っ た の で 、 そ こ で は あ ま り 奇 跡 を な さ ら な か っ た 。

スピリチュアル系や霊媒師という者はたいていキリスト教について出鱈目を語り、スピリチュアル系好きは聖書に書かれている事よりもそちらの情報をすぐに「へ~そうだったんだ!」と信じます。
そうでなければ、それが嘘だとわかっていて、出鱈目な情報を拡散する人たちの協力者であり、聖書やイエス・キリストや神を信じさせまいと、人々が救われまいと働く悪魔のお仲間です。
霊媒師や悪魔崇拝者が、そのような嘘の情報を流して、キリスト教を批判、落胆するように仕向け、キリスト教よりも、悪魔を崇拝させよう、そして人々を自由で幸せな人生を送れるように導く存在を装い、巧妙に騙して最後は悪魔が支配する世の中を創ろうとしているくらいにしか思えません。
そのイエス・キリストの顔の再現のニュースなども同じような動機としか思えません。

更にスピリチュアル系や悪魔崇拝者は、神よりも宇宙人の存在を信じさせたいようです。

人間よりも心がきれいで、知能が高い宇宙人が存在すると信じさせ、人間は野蛮だとか、宇宙人より波動の低い、劣った存在だと思わせ、神に似せて人間を創った創造主など存在しないだとか、宇宙人が人間を創っただとか、神はいないだとか、宇宙人より劣っている愚かな人間を神が創っただとか、都合が悪くなると「全ては神から来ているのです」と開き直るなどとありとあらゆる出鱈目を語っています。(バシャールなんかが)

 

外部リンク

どの角度から見ても「天皇」こそがこの世界の悪の頂点です。http://rapt-neo.com/?p=25554

RAPT | 天皇派が既にUFOを開発しているという確たる証拠。http://rapt-neo.com/?p=24898

RAPT | 現代人にUFOを開発する技術がないという大嘘。http://rapt-neo.com/?p=24847

RAPT | UFOが宇宙人ではなく、天皇派の乗り物であるという幾つもの証拠。http://rapt-neo.com/?p=24812

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(『シルバーバーチの霊訓(三)』より引用)

 

「もう、イエスの方な人物が出現する必要はありません。たとえあのナザレのイエスが今この地上に戻って来たとしても、たぶん地上でもっとも評判の悪い人間となるでしょう。とくにイエスを信奉し師と崇めるキリスト教徒から一ばん嫌われることでしょう」

 

と書いてありますが、どうしてそんなに評判が悪くなると言うのか、特に理由は述べていませんでした😒・・・・・・。

だからそんなイエスに対して信仰心を現さず、救いを求めず、大霊だけを信じろと言うことらしい。そんな大嘘を頭に詰め込んで霊の成長が可能なのでしょうか。

悪魔が「イエスのような人物が出現する必要はない!」と言っているだけでは・・・。

 

 

シルバーバーチは、自分は何も要らないかのように言いますが、

別に霊はお金も物も要りません。悪魔でさえ要りません。

悪魔は憎い人間に感謝されてもうれしくありません

悪魔は人間達に金銭欲や物欲を煽って堕落をさせたいだけです。

スピリチュアル系は「宇宙に願えばお金でも車でも異性でもなんでも与えてくれる」などと言いますが、その宇宙とは何者でしょうか。悪魔のことではないのですか。

シルバーバーチは物欲などを否定してそれらは霊的成長を妨げると尤もらしい事を言っているようですが、『シルバーバーチの霊訓』を読んだところで霊的成長を促せるとは到底思えません。

最近のスピリチュアル系はお金のことについてよく語られますが、シルバーバーチはそのようなことを語らず、霊的成長のために生きると言っていて他とは違う、最上級の高級霊だと評価されているようですが、

私はどこにでもあるニューエイジの冗長な内容に、キリスト教の受け売りを加えただけという印象しかありません。

 

ちなみにその『霊界通信 イエスの少年時代』というさぞ素晴らしいであろう本は絶版になっており、Amazonで7000円くらいの高額で販売されています。馬鹿馬鹿しくて買って調べる気になりません。

 

 

しかしスピリチュアリズムを“正しい”と直感できる人ならば、『シルバーバーチの霊訓』の卓越性・素晴らしさを理解することができます。

他の霊界通信と内容を比較することによって、『シルバーバーチの霊訓』が最高レベルの通信であることをさらに確信するようになります。

シルバーバーチの霊訓』は、霊的知識の質・量の点で、またスケール・深さの点で他の霊界通信(チャネリング)を圧倒しており、これに優るものはありません。『シルバーバーチの霊訓』は、まさに“スピリチュアリズム思想の集大成”と言うべきものなのです。こちらより抜粋)

 

と、大絶賛でしたが、「霊界から送られてくるメッセージ」が本物か偽物かの基準というのは、キリスト教を激しく糾弾し、キリスト教や聖書の教えを否定しているかどうかであるようです。

異教徒のインディアンを霊媒として使って現れるシルバーバーチが、キリスト教から来るイエス・キリストをスピリチュアリズム・プロジェクトのリーダーだと大嘘を言い、「イエスに会うことが最大の喜び」とのたまいながら、

「イエスを信仰の対象としてはならない」と厳しく戒め、崇拝の念は“神”にのみ向けるべきであり、イエスではないと強調しているようですが、

どうも「私の名前が何であるかより、私の行いで判断していただきたいのです。私は誰かを助けることが喜びです」と謙虚な態度をとって見せながら、誰もが知っているイエス・キリストの名前を持ち出して、初めはイエス・キリストと同じレベルの親しい仲間を装い、結局はイエス・キリストを馬鹿にして、「イエスは本当はこんな人間なのだ」「別にあんなことは起こっていない」「イエスはそんな事言ってなんかいない」「こんな事あるわけない」「こんな人はいない」と皆が失望するような嘘の話を吹き込むなどして、人々がイエス・キリストや、本当の神様から遠ざけ、偽物の神を崇拝させて、本当の宗教より悪魔崇拝を広めようと企み、最後は霊訓を信じる人間全員を地獄に送り込もうとサタンが企んでいるように見えるのですが、気のせいでしょうか。

これで本当に人々が救われるのか首を傾げます。

 

 

『霊訓』や『シルバーバーチの霊訓』では、しばしば霊媒の信念と正反対の内容が霊界から送られてきました。例えばモーゼス『霊訓』の霊媒)はキリスト教の牧師であり、キリスト教の教えが絶対的に正しいと信じていました。ところが霊界から送られてくるメッセージは、キリスト教を厳しく糾弾するものでした。またバーバネル(*『シルバーバーチの霊訓』の霊媒)は「再生説」を頑(かたくな)に否定していましたが、彼が入神中に語る霊界のメッセージは「再生説」を強力に主張しました。こちらより抜粋)

 

「再生説」とは生まれ変わりのことのようです。キリスト教では輪廻転生は信じられていないのですけど・・・イエス・キリストと意見が合っているのでしょうか。

 

外部リンク

RAPT | 偶像崇拝を強要し、輪廻転生はあると嘘をついた「釈迦」は、悪魔崇拝者だったのか。http://rapt-neo.com/?p=26253

RAPT | 「前世」はない。「輪廻転生」もない。その確固たる証拠。http://rapt-neo.com/?p=26215

 

高級霊シルバーバーチは、キリスト教の神の子であるイエス・キリストががスピリチュアリズム・プロジェクトを主導していると言いながら、キリスト教を厳しく糾弾しているらしい。

イエス・キリストも「キリスト教は間違いだった」とでも言っているのですか。それではイエス・キリストの存在の意味がないのでは。初めは有名なイエスの名前で売り出して、次にキリスト教について大嘘を語ったりして、イエス・キリストを格下げして信者を増やすまいとかなくそうという魂胆ですか。

 

(『シルバーバーチの霊訓(一)』173p より引用)

 

問「生まれ変りは本当にあるのでしょうか。」

 

答「これは非常にややこしい問題です、というのは、この問題に関してはこちらの世界でも事実を知る者と知らない者とで意見が様々に分かれているからです。知らない者はあくまでも “ない” と主張し、知っている者は自分の体験から自信をもって”ある”と断言します。私は後者の一人です。私にも体験があるからです。ですから再生が事実であると言う点は問題ないとしても、その真相の説明となると、これはたいへんやっかいです。なぜかと言えば、何度も述べてきたように、再生するのは同じ霊ではあっても、物質会に顕現するのは同じ面ではないからです。」

 

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どうして自分の前世について語らないのですか。

シルバーバーチが転生を体験したなど、どうせ作り話です。

 

以下は死後の世界や天国と地獄について語っているものと思われます。

 

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問「霊的法則は霊界でも地上でも同じ作用をするのでしょうか。」

 

答「違います。こちらでは同一レベルにまで進化した者同士の生活が営まれており、霊格による区別がはっきりしているからです。ですから地上のように比較対象というものがありません。各自がその霊格に合った階層で生活しており、程度の低い者と高いものとが一緒に暮すということがありません。地上では精神的ならびに霊的発達程度の異なる者が毎日のように顔を合わせますが、こちらではそういうことはありません。ただし、使命を受けて(地上的言い方をすれば)低い階層へ降りていけば別です。そうでないかぎり同じレベルの霊同士の生活が営まれます。やがてそのレベル以上に向上してくれば次のレベルへ進んでいきます。ですから一つの階層で対照的な生活が営まれることがないわけです。

 

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キリスト教によると、天国は何十(何百?何千?)もの階層に分かれた階級社会だそうです。

各自がその霊格に合った階層で生活しており、程度の低い者と高いものとが一緒に暮すということがありません。」とシルバーバーチは語っていますが、シルバーバーチは天国の階級について知っていて、本当は天国の階級の話なのだけれどもそうとは語らずに、霊界という言葉で濁して語っています。

その霊界とは霊という単体で生まれて存在している者たちの世界ではなく、人間が死んだ後に、永遠に霊体となって住む世界の事を語っているものと思われます。

天国と地獄は存在し、亡くなったその人の霊格によって階級が振り分けられ、霊格が高い者ほど光の世界に生き、低い者は地獄に行くという話を、シルバーバーチという高級霊様は、人々に「死とは自由な世界へ羽ばたくようなものだ」と嘘を言って安心させようとしています。

チャネリングを通して現れる霊たち本当は皆を地獄へ連れて行きたいのです。真実を知って欲しくないのです。

 

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「とにかく私たちの世界には光と闇といった対象がなく、したがって影もありません。光だけです。光の中だけで生きていける段階まで到達した霊は、光とは何かについて完全な理解が出来ております。そうでなかったらその階層にはおれません。その階層に至るまではやはり光と闇の錯覚の世界である幽界に留まります。進化していくとそういう比較対照を必要としない段階に至ります。そうすれば実在の真相をより正しく理解するようになり、実相をあるがままに知る事ができます。」

 

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「光と闇の錯覚の世界」というのがよくわかりませんが、

この地上界で「 精神的ならびに霊的発達程度の異なる者が毎日のように顔を合わせる 」ようなことは霊界にはなく、自分と同じ霊格のもの同士としか生きられないと言う、キリスト教の永遠の天国、地獄についての話を、

この高級霊様のシルバーバーチは、霊界の話だと濁し、人は生まれ変わるという嘘を説いています。

 

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問「地上で犯す罪は必ず地上生活で報いを受けるのでしょうか。」

 

答「そういう場合もあれば、そうでない場合もあります。いわゆる因果律というのは必ず地上生活期間中に成就されるとは限りませんしかし、いつかは成就されます。必ず成就されます。原因があれば結果があり、両者を切り離すことはできないのです。しかし、いつ成就されるかという時間の問題になると、それはその原因の性質いかんにかかわってきます。すぐに結果の出るものもあれば、地上生活中には出ないものもあります。その作用には、情状酌量といったお情けはなく、機械的に作動します。罪を犯すと、その罪がその人の霊に記録され、それなりの結果を生み、それだけ苦しい思いをさせられます。それが地上生活中に出るか否かは私にも分かりません。それはさまざまな事情の絡んだ複雑な機構の中で行われるのですが、因果律の根本の目的が永遠の生命である霊性の進化にあることだけは確かです。

 

問「死とは何かを子供にどう説かれますか。」

答「その子供に理解力があればの話であることは無論ですが、死とは小鳥が鳥かごから放たれて自由に羽ばたくように肉体から解き放たれて、より大きな生活の世界へ進んでいくことであると説明しましょう。」

 

(引用ここまで)

 

騙されてはいけません・・・。そんなに誰でも小鳥のように羽ばたいて優しくて自由な世界に行けるのだなどと考えない方が良いと思います。

霊媒などを通した霊たちは、そんな光の世界に住んでなどいません。そのような光だけの世界に連れて行ってはくれません。

 

(『シルバーバーチの霊訓(三)』より引用)

 

「死の喚問を通過した人はかごから放たれた小鳥のようなものです、思いも寄らなかった自由を満喫して羽ばたいていくのです。人間が死と呼ぶところの看守によって肉体という名の監獄から出させてもらい、(原則として)それまでの肉体に宿っているが故に耐え忍ばねばならなかった不平等も不正も苦しみも面倒もない。より大きな生へ向けて旅立ったのです。霊本来の限りない自由を崇高な喜びを味わうことになるのです。

苦痛と老齢と憂うつとから解放された人をなぜ悲しむのでしょう。暗闇から脱して光明へと向かった人をなぜ悲しむのでしょう。霊の本来の欲求である探求心を心ゆくまで満足できることになった人をなぜ悼むのでしょう。それは間違っております。」

 

(引用ここまで)

 

キリスト教では自殺は罪に当たりますので、(自殺をしたら皆地獄へ行くとは限りませんが)そのように地上界で霊の成長もないまま、憂うつ、苦しみ、恨みを抱えたまま死を迎え、肉体から離れて霊だけになったとしても、それから突然天国で天使と幸せに暮らせるというようになる事はなく、死後は地上界と同じように、憂鬱に霊界で永遠に過ごすことにもなりかねない・・・らしいです。

 

神道では皆が神の子だから、死ねば皆仏だとか語られたり、仏教では成仏して極楽浄土と呼ばれるところに行けるとか言われますが、それらは皆嘘ですのでご注意ください。

 

外部リンク

やはり「釈迦」は紛れもない悪魔崇拝者でした。その確固たる証拠をお見せします。http://rapt-neo.com/?p=26281

天皇と裏天皇と八咫烏。彼らこそが日本と世界を操る最大の秘密組織なのか。http://rapt-neo.com/?p=16726 

RAPT | RAPT×読者対談〈第101弾〉日本は昔も今も悪魔教の国。http://rapt-neo.com/?p=38862

 

 

人間は、地上で生きている間に霊を成長させ、死んだあとは、その人の霊格の階級の世界で永遠に生きる事になりますが、その霊の成長とは、どのようにしてなされるのでしょうか。

自分が地上にいる間にシルバーバーチなどの本を沢山読み、その通りに実践し、キリスト教を批判し、聖書の内容を嘘だと思いながら、イエスがシルバーバーチの仲間で、スピリチュアリズム・プロジェクトの司令官だなどと言う大嘘を信じて、何をしようと自分の自由だと言っては霊媒や魔術をして、輪廻転生を信じ、カルマやチャクラや宇宙人などについて学ぶことでしょうか。

「引き寄せの法則」なるものを酷使して、なんでも手に入れてポジティブにハッピーに生きる事でしょうか。

神様に媚を売って良い子を装う事でしょうか・・・・・・。

そのようなことを生涯続けていて、やがて光だけの世界に羽ばたくように進むなどという事はありません・・・。むしろ地獄に連れて行かれます。一度霊界の階級が決まれば、変えることが出来ませんし、霊界に来てから、霊が成長することは難しいのだそうです。

この世には悪魔が存在している事、悪魔に支配されている事、スピリチュアル系は悪魔崇拝から来ていることなど、この世の真実を知らないのでは何も救われません・・・。

紹介されたこの商品はとても体に良くて、製造元が善い人達の素晴らしい団体で、継続すると良いエネルギーに満ちて来ると騙されてカルト団体から毒を飲まされているようなもので、最初や、しばらくの間は調子が良いかもしれませんが、後々ボロが出てきます。

「地上生活中に成就されるとは限らない」「必ず成就されます」とは、死後裁きに遭い、ともすればサタンに地獄に連れて行かれかることを意味していると思われます。

だから一度地獄に行ってしまえば、もう永遠にどこにも逃げられません。

その時に騙されたと気が付いても、私が間違いだったといくら許しを乞うてももう遅いものと思われます。

 

マルコによる福音書第14章18節~21節

1 8 一 同 が 席 に 着 い て 食 事 を し て い る と き 、 イ エ ス は 言 わ れ た 。 「 は っ き り 言 っ て お く が 、 あ な た が た の う ち の 一 人 で 、 わ た し と 一 緒 に 食 事 を し て い る 者 が 、 わ た し を 裏 切 ろ う と し て い る 。 」 1 9 弟 子 た ち は 心 を 痛 め て 、 「 ま さ か わ た し の こ と で は 」 と 代 わ る 代 わ る 言 い 始 め た 。 2 0 イ エ ス は 言 わ れ た 。 「 十 二 人 の う ち の 一 人 で 、 わ た し と 一 緒 に 鉢 に 食 べ 物 を 浸 し て い る 者 が そ れ だ 。 2 1 人 の 子 は 、 聖 書 に 書 い て あ る と お り に 、 去 っ て 行 く 。だ が 、 人 の 子 を 裏 切 る そ の 者 は 不 幸 だ 。 生 ま れ な か っ た 方 が 、 そ の 者 の た め に よ か っ た 。 」

 

マルコによる福音書第16節

底 本 に 節 が 欠 け て い る 個 所 の 異 本 に よ る 訳 文

 

7   聞 く 耳 の あ る 者 は 聞 き な さ い 。

9   地 獄 で は 蛆 が 尽 き る こ と も 、 火 が 消 え る こ と も な い 。

9   地 獄 で は 蛆 が 尽 き る こ と も 、 火 が 消 え る こ と も な い 。

1 1 も し 赦 さ な い な ら 、 あ な た が た の 天 の 父 も 、 あ な た が た の 過 ち を お 赦 し に な ら な い 。

1 5  こ う し て 、 「 そ の 人 は 犯 罪 人 の 一 人 に 数 え ら れ た 」 と い う 聖 書 の 言 葉 が 実 現 し た 。

 

 

シルバーバーチは真実を語ってなどいません。嘘つきです。善良な霊ではありません。

 

シルバーバーチの話を信じたところで、霊の成長も死後の自由も天国も望めません。

それは神に反逆し、悪魔に仕えたようなものです。悪魔に仕えたり奉仕したり仲良くしたところで、気に入られて死後地獄で仕事を与えてくれるわけではありません。サタンに仕える事は罪なので、地上でどれ程サタンに奉仕しただろうと、皆平等に苦しめられます。

 

「罪を犯すと、その罪がその人の霊に記録され、それなりの結果を生み、それだけ苦しい思いをさせられます。それが地上生活中に出るか否かは私にも分かりません。」

 

とシルバーバーチは語っていますが、そんな高級霊と言われているその大嘘の霊を信じて従う事自体が、神の目から見て罪であるという事にスピリチュアル好きは早く気が付いた方が良いと思います。

 

(『シルバーバーチの霊訓(一)』171p より引用)

問「唯物主義や無神論者は死後の世界でどんな目に遭うのでしょうか。」

答「宗教かとか信心深い人は霊的に程度が高いと言う考えが品減を永いあいだ迷わせてきたようです。実際は必ずしもそうとは言えないのです。ある宗教の熱烈な信者になったからといって、それだけで霊的に向上するわけではありません。大切なのは日常生活です。あなたの現在の人間性、それが全てのカギです。祭壇の前にひれ伏し、神への忠誠を誓い、” 選ばれし者 ” の一人になったと信じている人よりも、唯物論者とか無神論者、合理主義者、不可知論者といった、宗教とは無縁の人の方がはるかに霊格が高いと言ったケースがいくらでもあります。問題は何を信じるかではなく、これまで何をなしてきたかです。そうでないと神の公正が根本から崩れます。」

(引用ここまで)

 

チャネリングを通して現れる霊というのは皆、善良を装った悪霊です。

霊的なことに悩む人は、そのような悪霊に関わる事により余計に悩んだり悪化をする恐れがあります。

日本人のほとんどは、神道か仏教を先祖代々拝んでいて、キリスト教については無知な人が多いですし、多くの人はその神道、仏教が悪魔崇拝である事にも気が付いていません(私も1年前程前まで知りませんでした・・・)。

 

密教もヒンズー教もチベット仏教もヨガもマントラもチャクラも悪魔崇拝から来ているのですが、それをマスコミなどが良いものだと宣伝し、神社仏閣をパワースポットなどと言って、大勢の人たちを、悪霊が漂う場所に足を運ばせます。

 

外部リンク

古代ケルトのドルメンも日本の神社も同じドルイド教の生け贄儀式の祭儀場でした。http://rapt-neo.com/?p=33189

 

日本と古代エジプトと悪魔崇拝のつながりが一発で分かる幾つもの物的証拠。http://rapt-neo.com/?p=27712

 

RAPT×読者対談〈第101弾〉日本は昔も今も悪魔教の国。http://rapt-neo.com/?p=38862

 〈閲覧注意〉日本の密教もまた悪魔崇拝そのものです。http://rapt-neo.com/?p=24188

シルバーバーチはキリストと共にしていると言いながら、いつも異教のインディアンの祈りを捧げていたようですが、インディアンの宗教も人身御供の行事が多く行われている悪魔教なのですが・・・

 

外部リンク

インディアン/宗教|Wikipediaより転載)

北東部での宗教

クラン(氏族)を中心とした、農耕と狩猟に関係した精霊群への祈祷が基本である。人身御供の行事が多く行われ、敵対者や指導者の心臓や肉は、霊力を得るものとして儀礼的に食された。儀式の踊りに、鹿など動物の仮面を用いる。

平原部での宗教

ラコタ・スー族の『ワカン・タンカ』のような『偉大なる精霊』を信仰する精霊崇拝が基本である。バッファロー・ダンスやベアー・ダンスで毛皮を被るが、踊りには仮面は使わない。「白いバッファロー」は大精霊の使いであると考える。

物心がついた男子は、呪い師と近親者に伴われて聖山に分け入り、四昼夜(女子は二昼夜)独りで「ヴィジョンを得る儀式(ヴィジョン・クエスト)」を行い、啓示を得る。この習慣は近年、全ての儀式の前に行う「発汗小屋(スエット・ロッジ)」の儀式と併せてますます盛んである。

人間の生贄の風習はなかったが、農耕民でもあったポーニー族やオーセージ族は、例外的に収穫祈念のため人身御供を行った。生贄には他部族の男女が使われた。

平原部族の多くは、遺体を毛布でぐるぐる巻きにして樹上に載せて葬送した。マンダン族などは、いつでも故人に会いに行けるよう墓に頭蓋骨を並べた。これらの葬送の習慣は、キリスト教会からの弾圧もあったが、遺体が白人によって持ち去られて大学の研究物にされたり、見世物として売られたりしたため、19世紀末には急速に廃れていった。

南東部での宗教

クラン(氏族)を中心とした、農耕と狩猟に関係した精霊群への祈祷が基本である。ムスコギー族やセミノール族は、地元で採れるヤポンノキ(Yaupon、Ilex vomitoria)の葉を煎じた黒い飲み物「ブラック・ドリンク」を儀式の際に飲用する。この飲み物は儀式にとって非常に重要で、オクラホマに強制移住させられたグループは、代替物を煎じている。セミノール族の英雄オセオーラの名は、この「黒い飲料」の儀式の「音頭をとる者」という意味である。

アタカパ族やカランカワ族は、敵対者や指導者の心臓や肉を、パワーを得るものとして宗教的に食した。このため、他部族やヨーロッパ人から「人食い人種」と誤解された。

(転載ここまで)

人身御供が多く行われる異教徒のインディアンの霊媒を介した存在が大霊という神に祈りを捧げ、輪廻転生を語り、

キリスト教を厳しく糾弾し、創造主ヤハウェを唯一神とするキリスト教のイエス・キリストをスピリチュアリズム・プロジェクトの司令官であると大嘘を言い、「イエスと会うことが最大の喜び」と語りながら一方で聖書の内容を否定し、イエス・キリストにまつわる話はどれも嘘だと語り、

「たとえあのナザレのイエスが今この地上に戻って来たとしても、たぶん地上でもっとも評判の悪い人間となるでしょう。とくにイエスを信奉し師と崇めるキリスト教徒から一ばん嫌われることでしょう」などとイエス・キリストを無価値な偽物扱いしながら、

「自分は名前など明かす必要はない、私に感謝も称賛も必要ありません、ただ私のやっている事で判断していただきたいのです、私はただ誰かの役に立つ事が幸せなのです」と謙遜に振舞い、良く知られたイエス・キリストの名前を持ち出して利用し、自分を高く見せ、その後キリスト教について捻じ曲げ、嘘を吹き込み、違う神様を拝ませるのが、最上級の高級霊であるとスピリチュアル系は仰るようです。

 

地上にいる間に霊を成長させなければならないのはその通りですが、こんな出鱈目を信じたところで霊など救われるどころか死んでしまいます。

嘘の情報を頭に詰め込んだら霊が死んでサタンのようになります。そのような本を持っているだけでも良くないと言われていますので、そのようなニューエイジの本やグッズ、カードなどは捨てて、聖書を読むことをお勧めします。

 

そんな「100%の通信霊」であると大絶賛の最高級霊の『シルバーバーチの霊訓』ですが、それらのシリーズはもはや絶版で、古本でしかもう手に入らないようです。

おかしいですね。霊的真実が書かれた最高級霊の本が。批判した聖書よりすぐに廃れて、世界的なベストセラーの聖書を超えられなかったようですね(構いませんが)。

世の中がおかしいのでしょうか。

 

Wikipedia/ベストセラーより転載)

聖書

まず、特に突出していて、特筆に値するベストセラーについて説明しておく。

人類史上の最大のベストセラー、過去数千年にわたって読み継がれてきた世界的なベストセラーは聖書である。1815年 – 1998年に推定で約3880億冊販売・配布されている、2000年の1年間だけでも世界中の聖書協会によって約6億3300万冊が配布・販売された(国際聖書協会の発表)。その聖書の中でも、特にキリスト教で「旧約聖書」と呼んでいる部分は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のどれもが共通して採用している書物であり、人類の半数以上が読んでいて、人類の思想に大きな影響を与えている書物である

(転載ここまで)

 

スピリチュアル、ニューエイジの本もかなり売れている本もあるようですが、その半分以上はゴミ箱に行ったのではないでしょうか・・・・・・。

『シルバーバーチの霊訓』は、かなりスピリチュアル系では最高の評価を得ているようですが、

私はとてもこれが 霊的成長を促す霊的真理であり、シルバーバーチが最上レベルの高級霊であるとは思えませんでした。

どこの高級霊もキリスト教を批判し、イエスを崇拝するなと説いています。

それで「神」だけを崇拝せよと言いながら、創造主ヤハウェではなく、大霊だとか、大いなる全てだと言っては、偽の神々である悪魔を崇拝させようとしているサタンにしか見えませんでした。

 

いくら嘘の霊的知識をを一所懸命に頭に詰め込んだところで、霊的成長など望めないと思いますが、(むしろ頭が悪くなると思います)

この世の霊の真実を知らず、霊にまつわる現実を知らず、悪魔の存在を認めずに、そんな存在もしない偽物の「愛あふれる永遠の存在の最高級霊」に付き合って、嘘の知識を学んでも、自分は他の人より真実を知っているのだとか、霊的に高いレベルにいるのだ、と自己満足が得られるというくらいの話でしかないように思えますが、

それでも自分は、世界的にベストセラーの聖書よりも、そのような嘘ばかりの絶版になった本が真実であると信じたいならご自由にすればいいと思います。止めた方が良いと思いますが。

私はスピリチュアル系の本を読んでいる間はムカムカして問題が解決するどころか増えた気がします。今は聖書だけに落ち着いています。

ニューエイジの本は有害です。

私はシルバーバーチが他のチャネリングを通して現れる存在と同じレベルの悪霊であると考えます。

とても最上級の高級霊の霊的真理、真実などと認めることは出来ません。

 

最後にその愛溢れる永遠の存在であり、霊格がずば抜けて違う最上級のの高級霊様シルバーバーチの霊訓から、愛について語った言葉を引用します。

(『シルバーバーチの霊訓(三)』より引用)

—愛とは何でしょうか。

「気が合うと言うだけの友情、趣味が同じということから生まれる友愛から、己を忘れて人の為に尽くそうとする崇高な奉仕的精神に至るまで、愛は数多くの形態をとります。地上では愛Loveという言葉が誤って用いられております。愛とは言えないものまで愛だ愛だと盛んに用いる人がいます。ある種の本能の満足でしかないものを愛だと錯覚している人もいます。が、私が理解しているかぎりで言えば、愛とは魂の内奥でうごめく霊性の一部で、創造主たる神とのつながりを悟った時におのずから湧き出てくる魂の欲求です。最高の愛には一かけらの利己性もありません。すなわち、その欲求を満たそうとする活動に何一つ自分のためにという要素がありません。それが最高の人間的な愛です。」

(引用ここまで)

 

面白くないので聖句を最後に転載します。

 

マタイによる福音書第15章1節~20節

1 そ の こ ろ 、 フ ァ リ サ イ 派 の 人 々 と 律 法 学 者 た ち が 、 エ ル サ レ ム か ら イ エ ス の も と へ 来 て 言 っ た 。 2 「 な ぜ 、 あ な た の 弟 子 た ち は 、 昔 の 人 の 言 い 伝 え を 破 る の で す か 。 彼 ら は 食 事 の 前 に 手 を 洗 い ま せ ん 。 」

3 そ こ で 、 イ エ ス は お 答 え に な っ た 。 「 な ぜ 、 あ な た た ち も 自 分 の 言 い 伝 え の た め に 、 神 の 掟 を 破 っ て い る の か 。 4 神 は 、 『 父 と 母 を 敬 え 』 と 言 い 、 『 父 ま た は 母 を の の し る 者 は 死 刑 に 処 せ ら れ る べ き で あ る 』 と も 言 っ て お ら れ る 。 5 そ れあ な た に 差 し 上 げ る べ き も の は 、 神 へ の 供 え 物 に す る 」 と 言 う 者 は 、 6 父 を 敬 わ な く て も よ い 』 と 。 こ う し て 、 あ な た た ち は 、 自 分 の 言 い 伝 え の た め に 神 の 言 葉 を 無 に し て い る 。 7 偽 善 者 た ち よ 、 イ ザ ヤ は 、 あ な た た ち の こ と を 見 事 に 預 言 し た も の だ 。

8 『 こ の 民 は 口 先 で は わ た し を 敬 う が 、 そ の 心 は わ た し か ら 遠 く 離 れ て い る 。 9 人 間 の 戒 め を 教 え と し て 教 え 、 む な し く わ た し を あ が め て い る 。 』 」

1 0 そ れ か ら 、 イ エ ス は 群 衆 を 呼 び 寄 せ て 言 わ れ た 。 「 聞 い て 悟 り な さ い 。 1 1 口 に 入 る も の は 人 を 汚 さ ず 、 口 か ら 出 て 来 る も の が 人 を 汚 す の で あ る 。 」 1 2 そ の と き 、 弟 子 た ち が 近 寄 っ て 来 て 、 「フ ァ リ サ イ 派 の 人 々 が お 言 葉 を 聞 い て 、 つ ま ず い た の を ご 存 じ で す か 」 と 言 っ た 。 1 3 イ エ ス は お 答 え に な っ た 。 「 わ た し の 天 の 父 が お 植 え に な ら な か っ た 木 は 、 す べ て 抜 き 取 ら れ て し ま う 。 1 4 そ の ま ま に し て お き な さ い 。 彼 ら は 盲 人 の 道 案 内 を す る 盲 人 だ 。 盲 人 が 盲 人 の 道 案 内 を す れ ば 、 二 人 と も 穴 に 落 ち て し ま う 。

1 5 す る と ペ ト ロ が 、 「 そ の た と え を 説 明 し て く だ さ い 」 と 言 っ た 。 1 6 イ エ ス は 言 わ れ た 。 「 あ な た が た も 、 ま だ 悟 ら な い の か 。 1 7 す べ て 口 に 入 る も の は 、 腹 を 通 っ て 外 に 出 さ れ る こ と が 分 か ら な い の か 。 1 8 し か し 、 口 か ら 出 て 来 る も の は 、 心 か ら 出 て 来 る の で 、 こ れ こ そ 人 を 汚 す 。 1 9 悪 意 、 殺 意 、 姦 淫 、 み だ ら な 行 い 、 盗 み 、 偽 証 、 悪 口 な ど は 、 心 か ら 出 て 来 る か ら で あ る 。 2 0 こ れ が 人 を 汚 す 。 し か し 、 手 を 洗 わ ず に 食 事 を し て も 、そ の こ と は 人 を 汚 す も の で は な い 。 」

 

マルコによる福音書第3章20節~30節

ベ ル ゼ ブ ル 論 争

2 0 イ エ ス が 家 に 帰 ら れ る と 、 群 衆 が ま た 集 ま っ て 来 て 、 一 同 は 食 事 を す る 暇 も な い ほ ど で あ っ た 。 2 1 身 内 の 人 た ち は イ エ スの こ と を 聞 い て 取 り 押 さ え に 来 た 。 「 あ の 男 は 気 が 変 に な っ て い る 」 と 言 わ れ て い た か ら で あ る 。 2 2 エ ル サ レ ム か ら 下 っ て 来 た 律 法 学 者 た ち も 、 「 あ の 男 は ベ ル ゼ ブ ル に 取 り つ か れ て い る 」 と 言 い 、 ま た 、 「 悪 霊 の 頭 の 力 で 悪 霊 を 追 い 出 し て い る 」 と 言 っ て い た 。 2 3 そ こ で 、 イ エ ス は 彼 ら を 呼 び 寄 せ て 、 た と え を 用 い て 語 ら れ た 。

「 ど う し て 、 サ タ ン が サ タ ン を 追 い 出 せ よ う 。 2 4 国 が 内 輪 で 争 え ば 、 そ の 国 は 成 り 立 た な い 。 2 5 家 が 内 輪 で 争 え ば 、 そ の 家 は 成 り 立 た な い 。 2 6 同 じ よ う に 、 サ タ ン が 内 輪 も め し て 争 え ば 、 立 ち 行 か ず 、 滅 び て し ま う 。 2 7 ま た 、 ま ず 強 い 人 を 縛 り 上 げ な け れ ば 、 だ れ も 、 そ の 人 の 家 に 押 し 入 っ て 、 家 財 道 具 を 奪 い 取 る こ と は で き な い 。 ま ず 縛 っ て か ら 、 そ の 家 を 略 奪 す る も の だ 。

2 8 は っ き り 言 っ て お く 。 人 の 子 ら が 犯 す罪 や ど ん な 冒 瀆 の 言 葉 も 、 す べ て 赦 さ れ る 。 2 9 し か し 、 聖 霊 を 冒 瀆 す る 者 は 永 遠 に 赦 さ れ ず 、 永 遠 に 罪 の 責 め を 負 う 。 」 3 0 イ エ ス が こ う 言 わ れ た の は 、 「 彼 は 汚 れ た 霊 に 取 り つ か れ て い る 」 と 人 々 が 言 っ て い た か ら で あ る 。

 

マルコによる福音書第12章28節~34節

最 も 重 要 な 掟

2 8 彼 ら の 議 論 を 聞 い て い た 一 人 の 律 法 学 者 が 進 み 出 、 イ エ ス が 立 派 に お 答 え に な っ た の を 見 て 、 尋 ね た 。 「 あ ら ゆ る 掟 の う ち で 、 ど れ が 第 一 で し ょ う か 。 」 2 9 イ エ ス は お 答 え に な っ た 。 「 第 一の 掟 は 、 こ れ で あ る 。 『 イ ス ラ エ ル よ 、 聞 け 、 わ た し た ち の 神 で あ る 主 は 、 唯 一 の 主 で あ る 。 3 0 心 を 尽 く し 、 精 神 を 尽 く し 、 思 い を 尽 く し 、 力 を 尽 く し て 、 あ な た の 神 で あ る 主 を 愛 し な さ い 。 』 3 1 第 二 の 掟 は 、 こ れ で あ る 。 『 隣 人 を 自 分 の よ う に 愛 し な さ い 。 』 こ の 二 つ に ま さ る 掟 は ほ か に な い 。 」 3 2 律 法 学 者 は イ エ ス に 言 っ た 。 「 先 生 、 お っ し ゃ る と お り で す 。 『 神 は 唯 一 で あ る 。 ほ か に 神 は な い 』 と お っ し ゃ っ た の は 、 本 当 で す 。 3 3 そ し て 、 『 心 を 尽 く し 、 知 恵 を 尽 く し 、 力 を 尽 く し て 神 を 愛 し 、 ま た 隣 人 を 自 分 の よ う に 愛 す る 』 と い う こ と は 、 ど ん な 焼 き 尽 く す 献 げ 物 や い け に え よ り も 優 れ て い ま す 。 」 3 4 イ エ ス は 律 法 学 者 が 適 切 な 答 え を し た の を 見 て 、 「 あ な た は 、 神 の 国 か ら 遠 く な い 」 と 言 わ れ た 。 も は や 、 あ え て 質 問 す る 者 は な か っ た 。

 

コリント信徒への手紙第11章12節~15節

1 2 わ た し は 今 し て い る こ と を 今 後 も 続 け る つ も り で す 。 そ れ は 、 わ た し た ち と 同 様 に 誇 れ る よ う に と 機 会 を ね ら っ て い る 者 た ち か ら 、 そ の 機 会 を 断 ち 切 る た め で す 。 1 3 こ う い う 者 た ち は 偽 使 徒 、 ず る 賢 い 働 き 手 で あ っ て 、 キ リ ス ト の 使 徒 を 装 っ て い る の で す 。

1 4 だ が 、 驚 く に は 当 た り ま せ ん 。 サ タ ン で さ え 光 の 天 使 を 装 う の で す 。 1 5 だ か ら 、 サ タ ン に 仕 え る 者 た ち が 、義 に 仕 え る 者 を 装 う こ と な ど 、 大 し た こ と で は あ り ま せ ん 。彼 ら は 、 自 分 た ち の 業 に 応 じ た 最 期 を 遂 げ る で し ょ う 。

 

ヨハネの黙示録代22章6節~20節

キ リ ス ト の 再 臨

6 そ し て 、 天 使 は わ た し に こ う 言 っ た 。 「 こ れ ら の 言 葉 は 、 信 頼 で き 、 ま た 真 実 で あ る 。 預 言 者 た ち の 霊 感 の 神 、 主 が 、 そ の 天 使 を 送 っ て 、 す ぐ に も 起 こ る は ず の こ と を 、 御 自 分 の 僕 た ち に 示 さ れ た の で あ る 。 7 見 よ 、 わ た し は す ぐ に 来 る 。 こ の 書 物 の 預 言 の 言 葉 を 守 る 者 は 、 幸 い で あ る 。 」

8 わ た し は 、 こ れ ら の こ と を 聞 き 、 ま た 見 た ヨ ハ ネ で あ る 。 聞 き 、 ま た 見 た と き 、 わ た し は 、 こ の こ と を 示 し て く れ た 天 使 の 足 も と に ひ れ 伏 し て 、 拝 も う と し た 。 9 す る と 、 天 使 は わ た し に 言 っ た 。 「 や め よ 。 わ た し は 、 あ な た や 、 あ な た の 兄 弟 で あ る 預 言 者 た ち や 、 こ の 書 物 の 言 葉 を 守 っ て い る 人 た ち と 共 に 、 仕 え る 者 で あ る 。 神 を 礼 拝 せ よ 。 」 1 0 ま た 、 わ た し に こ う 言 っ た 。 「こ の 書 物 の 預 言 の 言 葉 を 、 秘 密 に し て お い て は い け な い 。 時 が 迫 っ て い る か ら で あ る 。 1 1 不 正 を 行 う 者 に は 、 な お 不 正 を 行 わ せ 、 汚 れ た 者 は 、 な お 汚 れ る ま ま に し て お け 。 正 し い 者 に は 、 な お 正 し い こ と を 行 わ せ 、 聖 な る 者 は 、 な お 聖 な る 者 と な ら せ よ 。

1 2 見 よ 、 わ た し は す ぐ に 来 る 。 わ た し は 、 報 い を 携 え て 来 て 、 そ れ ぞ れ の 行 い に 応 じ て 報 い る 。 1 3 わ た し は ア ル フ ァ で あ り 、 オ メ ガ で あ る 。 最 初 の 者 に し て 、 最 後 の 者 。 初 め で あ り 、 終 わ り で あ る 。 1 4 命 の 木 に 対 す る 権 利 を 与 え ら れ 、 門 を 通 っ て 都 に 入 れ る よ う に 、 自 分 の 衣 を 洗 い 清 め る 者 は 幸 い で あ る 。 1 5 犬 の よ う な 者 、 魔 術 を 使 う 者 、 み だ ら な こ と を す る 者 、 人 を 殺 す 者 、偶 像 を 拝 む 者 、 す べ て 偽 り を 好 み 、 ま た 行 う 者 は 都 の 外 に い る 。

1 6 わ た し 、 イ エ ス は 使 い を 遣 わ し 、 諸 教 会 の た め に 以 上 の こ と を あ な た が た に 証 し し た 。 わ た し は 、 ダ ビ デ の ひ こ ば え 、 そ の 一 族 、 輝 く 明 け の 明 星 で あ る 。 」 1 7 〝 霊 〟 と 花 嫁 と が 言 う 。 「 来 て く だ さ い 。 」 こ れ を 聞 く 者 も 言 う が よ い 、 「 来 て く だ さ い 」 と 。 渇 い て い る 者 は 来 る が よ い 。 命 の 水 が 欲 し い 者 は 、 価 な し に 飲 む が よ い 。 1 8 こ の 書 物 の 預 言 の 言 葉 を 聞 く す べ て の 者 に 、 わ た し は 証 し す る 。 こ れ に 付 け 加 え る 者 が あ れ ば 、 神 は こ の 書 物 に 書 い て あ る 災 い を そ の 者 に 加 え ら れ る 。 1 9 ま た 、 こ の 預 言 の 書 の 言 葉 か ら 何 か 取 り 去 る 者 が あ れ ば 、 神 は 、 こ の 書 物 に 書 い て あ る 命の 木 と 聖 な る 都 か ら 、 そ の 者 が 受 け る 分 を 取 り 除 か れ る 。 2 0 以 上 す べ て を 証 し す る 方 が 、 言 わ れ る 。 「 然 り 、 わ た し は す ぐ に 来 る 。 」 ア ー メ ン 、 主 イ エ ス よ 、 来 て く だ さ い 。 2 1 主 イ エ ス の 恵 み が 、 す べ て の 者 と 共 に あ る よ う に 。

 

外部リンク

RAPT×読者対談〈第84弾〉自己啓発もスピリチャル系も悪魔崇拝。http://rapt-neo.com/?p=37092

 キリスト教は悪魔崇拝者によって内部から破壊された。その歴史の詳細について。 http://rapt-neo.com/?p=9309

 悪魔を拝んで人生を破壊する生き方から、神様を拝んで人生を幸福にする生き方へ。http://rapt-neo.com/?p=26065